artscapeレビュー
牛腸茂雄『見慣れた街の中で』
2013年11月15日号
発行所:山羊舍
発行日:2013年9月1日
山羊舍から限定500部で刊行された『見慣れた街の中で』は、牛腸茂雄の作品世界を新たな角度から読み解いていくきっかけになる写真集ではないだろうか。『見慣れた街の中で』は、『日々』(関口正夫との共著、1971)、『SELF AND OTHERS』(1977)に次ぐ、牛腸の3冊目の写真集で、1981年に刊行された。83年の逝去の2年前、生前の最後の写真集になる。写真集には、東京や横浜で撮影されたカラー写真によるスナップショット47点がおさめられている。ところが、写真集刊行後の82年に東京・新宿のミノルタ・フォトスペースで開催された同名の個展には、74点の作品が展示されていた。今回の新装版の『見慣れた街の中で』には、その写真集に未収録だった27点が加えられた。さらにスキャニングと印刷の精度が上がったことにより、牛腸が撮影したカラーポジフィルム(コダクローム)の色味が、より鮮やかによみがえってきている。
最大の驚きは、新たに付け加えられた27点の写真が発する異様な力である。むろん、内容的には、これまでの写真群とそれほど大きな違いがあるわけではない。だが、より曖昧で浮遊感の強い写真が多いように感じる。牛腸は旧版の『見慣れた街の中に』の序文に「そのような拡散された日常の表層の背後に、時として、人間存在の不可解な影のよぎりをひきずる」と記している。彼の言う「不可解な影のよぎり」は、確かにこのシリーズの基調低音と言えるものだが、それが写真集の巻末に収められた27点では、よりくっきりとあらわれてきているのだ。特に街の雑踏から子どもたちの姿を切り出してくる眼差しに、ただならぬこだわりを感じてしまう。本書の刊行によって、牛腸が『見慣れた街の中で』で何を目指していたのか、そしてそれが彼の最晩年の仕事となった『幼年の「時間(とき)」』のシリーズにどうつながっていくのかを確かめていくことが、今後の大きな課題として浮上してきたと言える。
2013/10/26(土)(飯沢耕太郎)