artscapeレビュー
2017年07月15日号のレビュー/プレビュー
久松知子展「ひさまつ子の思い出アルバムpainting」
会期:2017/06/23~2017/06/29
トライギャラリーおちゃのみず[東京都]
日本近代美術史の内輪話を大作に仕立て上げてきた久松知子が、今度はプライベートな打ちあけ話を小品に描いている。おそらく東北芸工大の友人や先生らと学園祭や同好会、飲み会で撮った写真をベースにしたもの。本人たち以外にはどうでもいいような場面ばかりだが、それがなかなか魅力的に仕上がっているのは久松の画力が上がってきたからか。
2017/06/27(火)(村田真)
小林健太「自動車昆虫論/美とはなにか」
会期:2017/06/03~2017/08/12
G/P GALLERY[東京都]
小林健太は、1992年神奈川県生まれの、最も若い世代に属する写真作家である。2016年のG/P GALLERYでの初個展「# photo」では、都市の光景や身近な人物たちを撮影した画像をphotoshopで加工したり、ビデオ作品として出力したりする作品を発表した。現実をデジタル的に変換していく手続きそのものが、「グラフィック・ユーザー・インターフェース」(複雑な操作を直感的に扱うことができるインターフェース)に日常的に接してきた彼自身の生の経験と分かち難く結びついており、結果的にのびやかでナチュラルな画像として出現してくる。最初からデジタル・ツールを自在に使いこなすことができた世代に特有の写真表現のあり方が、いままさに拓かれつつあるといえそうだ。
その小林の新作は、ユニークな発想の作品群だった。都市を走り回る自動車を昆虫に見立てるアイデアは、特に目新しいものではないが、小林は特にアリのような「群知能」を持つ昆虫に注目する。彼らは「個体は単純な反応で動くが、群れになったときには強大な知性を発揮」し、蟻塚のような巨大な建築物をつくり上げる。自動車も同じで、一台一台は知性を持たないが、アリのように都市にはびこってその風景や環境を変質させていく。そんな「自動車昆虫」のあり方をどう表現するのかについてはまだ模索中のようで、会場には大きく引伸ばした道路標識や、昆虫標本を思わせる自動車の写真のほかに、土を焼いてグリッド状に敷き詰めたオブジェなども展示してあった。思考の広がり具合を、どのように作品に落とし込んでいくのかについてはさらに試行錯誤が必要だろう。海外のギャラリーや写真フェスティバルからも参加依頼が来ているようだが、いまは制作と発表のペースを加速していく時期なのではないだろうか。
2017/06/28(水)(飯沢耕太郎)
切断芸術運動というシミュレーション・アート展
会期:2017/06/25~2017/07/06
東京都美術館[東京都]
グループ展の公募で選ばれた企画で、彦坂尚嘉が多くの若手作家と提示するアートの新しい手法が「切断」だ。やり方は、びっくりするくらいストレートでシンプル。すなわち、作品の左右、あるいは上下を二つに切断し、入れ替えるだけなのだが、これを絵画、写真、彫刻など、さまざまな媒体で展開している。その結果、生成される作品は、確かに凡庸な原形であったとしても、強烈な異化効果をもたらす。
2017/06/28(火)(五十嵐太郎)
アルチンボルド展
会期:2017/06/20~2017/09/24
国立西洋美術館[東京都]
単に彼の作品を並べるだけではなく、ミラノ時代の作品、ハプスブルグ宮廷における活躍と有名な四季や四元素シリーズの誕生、「驚異の部屋」や博物学の影響、自然観察の背景、カリカチュアとの関連、彼のフォロワーなど、多角的な側面から彼の仕事を位置づける。いまから遡って位置づけると、シュルレアリスムの先駆であり、メタ絵画と言うべきアルチンボルドも、やはり時代が生み出した画家なのだ。
2017/06/28(火)(五十嵐太郎)
莫毅「研究ー紅1982-2017」
会期:2017/06/23~2017/07/19
Zen Foto Gallery[東京都]
中国を代表する現代写真家、莫毅(モウ・イ)の作品を、Zen Foto Galleryで展示する連続企画展も4回目になる。今回は「紅(赤)」という色をテーマにした彼の作品を集成した。莫毅は中国ではごく普通に見ることができる「紅」という色にずっとこだわり続けてきた。いわゆる「チャイニーズ・レッド」は中国共産党のシンボルカラーであるだけでなく、お祝い事などに使われるおめでたい色でもある。今回の展示では、「赤い風景」(1997)、「赤い電柱」(同)、「赤いフラッシュ-私は一匹の犬」(2003)、「崇子の赤いスカート──北京を歩く」(2004)、「赤い閃光のロリアン──ドイツ軍基地とスペイン要塞」(2007)の5シリーズのほかに、彼が日常的に撮り続けてきた赤い事物(布団、プラスチック製品、看板、ポスターなど)や、インターネットから取り込んだ歴史的事件の画像などが、壁一面に貼り巡らされていた。
今回の「紅」シリーズのアプローチは、批評的、政治的でありながら、とても軽やかであり、莫毅のほかの作品の、身体性にこだわった重々しい雰囲気とはかなり印象が違う。同時に「紅衛兵が皆つけていた赤い袖章、入団宣誓の時に面と向かった党の旗、リーダーが亡くなった時に死体にかぶせた赤い布、今日まで街から消えることのない赤い宣伝横断幕」といった彼の記憶のなかの「紅」のイメージが、写真によって呼び起こされている。苦難の時代を真摯に生き抜いてきた中国人のアーティストの生涯を、「紅」のイメージをつなぎ合わせて辿り直すことができる、とても興味深い作品群だった。いつも同じことを感じるのだが、もっと大きな空間で、彼の多彩な作品群を一堂に会して見てみたい。そろそろ、どこかの美術館が中国現代写真家たちの個展、あるいはグループ展を本気で企画すべきではないだろうか。
2017/06/29(木)(飯沢耕太郎)