artscapeレビュー

2021年06月01日号のレビュー/プレビュー

森下大輔「Dance with Blanks」

会期:2021/04/16~2021/06/05

PGI[東京都]

確か、森下大輔のデビュー写真展「重力の様式」(新宿ニコンサロン、2005)を見ているはずだ。それ以来、何度か個展、写真集などで彼の写真に接しているのだが、その印象はあまり大きく変わっていない。モノクロームの銀塩写真にこだわり、特定の意味に収束するような被写体は注意深く避けて、モノや風景を、彼なりの美意識できっちりと統御して画面に配置する。今回の個展のテーマである「Blanks(空白)」もずっと一貫して取り上げられてきた。

とはいっても、写真の幅は意外に広い。「Blanks」にもいろいろあって、レンズの前に何かが置かれたことによる黒っぽい影(陰)、空や壁、穴のようなもの、何かと何かの間など多岐にわたる。仏教用語の「空(くう)」に近い概念にも思えるのだが、厳密な定義はあえておこなわず、「Blanks」という言葉の広がりを楽しみつつ形にしているように見える。そんな自由なアプローチの仕方は、今回の個展でもうまくはたらいていた。ただ、ではこれらの写真群から、何か際立ったメッセージが伝わるのかといえば、そうとはいえない。個々の写真はよくできているのだが、「こうでしかない」という切実さがあまり感じられないのだ。

そろそろヴァリエーションを増やすのではなく、構造化していく時期に来ているのではないかと思う。被写体の幅は保ちながら、抽象的な概念に拡散させずに、このような写真を撮り続けていることの意味を、もっと強く見る者にアピールすべきだろう。モノクロームの銀塩写真という方法論も、このままでいいのかどうか検討してもいいかもしれない。PGIでの個展は初めてだそうだが、これをきっかけにして次のステップに踏み込んでいけないだろうか。

2021/05/12(水)(飯沢耕太郎)

善本喜一郎『東京タイムスリップ 1984⇔2021』

発行所:河出書房新社

発行日:2021/05/25

文句なしに面白い写真集だ。善本喜一郎は東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)で森山大道、深瀬昌久に師事し、卒業後は『平凡パンチ』(マガジンハウス)の特約カメラマンとして仕事をしながら、仲間たちと東京・渋谷に自主運営ギャラリー「さくら組」を開設して活動していた。ちょうどその1984年頃に、東京の街頭を6×7判のカメラで撮影したモノクロームの写真群を、新型コロナウィルス感染症の緊急事態宣言中に整理していたら、あまりの面白さに「自分が撮ったことなど忘れて、すっかり見入って」しまったという。その後、写真に写っている場所が今はどうなっているのかが気になり出して、カラー写真で再撮影するようになる。それらの写真を、2枚並べて収録したのが本書『東京タイムスリップ 1984⇔2021』である。

写真を見ていると、風景が大きく変わった場所と、あまり変化のない場所とが混在しているのがわかる。写真集の冒頭に登場する「新宿駅東南口」などは、土地が削られて地形そのものが変わっているし、建物が消えたり、高層ビルが建ったりして大きく変貌したところも多い。とはいえ、新宿の「思い出横丁」や「ゴールデン街」のたたずまいはほぼ同じだし、ガード下の通路などがそのまま残っていることもある。写真からよみがえる記憶も同じで、まったく忘れてしまった場所もあるし、ありありと、視覚だけでなく匂いや手触りまでも含めて立ち上がってくることもある。それぞれの生のあり方に応じて「タイムスリップ」できるところに、本書の魅力があるといえるだろう。やや不思議なことに、これらの写真をSNSに上げると、1980年代の東京を知らない若い世代や外国人からも、ヴィヴィッドな反応が返ってくるという。どうやら記憶を再活性化する写真の力は、世代や国籍を超えて普遍的にはたらくようだ。

特筆すべきなのは、2枚の写真を同じ位置から、同じアングルで撮影する「定点観測写真」として成立させる善本の能力の高さである。建物や街路だけでなく、撮影時間、天候、たまたま写り込んだ通行人にまで配慮してシャッターを切っている。長年、商業写真やポートレートの分野で鍛えてきた技術力の高さが、見事に活かされた写真集ともいえる。

2021/05/18(火)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス | 2021年6月1日号[テーマ:観光]

テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。千葉市美術館で開催中の「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」において、立石が活動初期に画家の中村宏とともに結成した「観光芸術研究所」にちなんで、今回のテーマは「観光」。「芸術・アート」ジャンルのなかでこのキーワードに関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
ハイブリッド型総合書店honto調べ。書籍の詳細情報はhontoサイトより転載。
※本ランキングで紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。

「観光」関連書籍 購買冊数トップ10

1位:世界遺産 理想と現実のはざまで(岩波新書 新赤版)

著者:中村俊介
発行:岩波書店
発売日:2019年8月23日
サイズ:18cm、246ページ

「国際社会で人類の至宝を守り、後世に手渡す」の理想を掲げ、観光資源としても注目される世界遺産。だが、登録物件が増え続けるなか、いくつもの遺産が危機に瀕し、また各国の政治的介入が常態化するなど課題や矛盾が噴出し始めている。数々の世界遺産の現場を訪ね歩いたジャーナリストがその「光と影」に目を向けながら、文化遺産保護の未来について考える。


2位:flower mandalas 心を整える、花々のマンダラぬりえ

著者:シンシア・エマリー
発行:日本文芸社
発売日:2016年2月9日
サイズ:22×22cm、95ページ

発売3か月で7万部! イギリス、フランスで大好評
本書はイギリス発、刊行後3ヶ月で7万部の売上をマークした人気のマンダラぬりえブック。さらにはフランスでも好評で、パリで大人気の一冊です。イギリスのamazonでも「すばらしい価値がある」「愛すべき本」と5つ星評価が。何冊か買って、自分だけの作品をコレクションしている人もいるとか。あの現代アートの殿堂、パリを訪れる観光客なら必ず訪れる、ポンピドゥーセンターでも並べられています。(後略)


3位:d design travel 28 岡山

発行:D&DEPARTMENT PROJECT
発売日:2020年10月16日
サイズ:23cm、192ページ

デザイン目線で観光を見直したガイドブック。岡山の見どころ、レストラン、カフェ、ショップ、人などを厳選して紹介するほか、編集部が本音で薦めるおみやげなども掲載。データ:2020年6月現在。



4位:d design travel 26 香川

発行:D&DEPARTMENT PROJECT
発売日:2019年9月30日
サイズ:23cm、192ページ

デザイン目線で観光を見直したガイドブック。香川の見どころ、レストラン、カフェ、ショップ、人などを厳選して紹介。香川県のフライヤー「ことでんストーリープロジェクト 入賞作品集」付き。データ:2019年5月現在。



5位:d design travel 27 愛媛

発行:D&DEPARTMENT PROJECT
発売日:2020年4月3日
サイズ:23cm、192ページ

デザイン目線で観光を見直したガイドブック。愛媛の見どころ、レストラン、カフェ、ショップ、人などを厳選して紹介。愛媛のフライヤー「週末西条トリップ」付き。データ:2019年11月現在。



6位:仏像図解新書(小学館101新書)

著者:石井亜矢子
画:岩崎隼
発行:小学館
発売日:2010年4月1日
サイズ:18cm、222ページ

図解で一目でわかる、仏像のかたちと役割。
「千手観音の持っている物は何か?」「四天王とはどんな4人組のことなのか?」「阿修羅が戦う相手は誰か?」。 遷都1300年を迎える奈良、春の観光シーズンをむかえる京都をはじめ、各地の仏像巡りで感じる素朴な疑問を解決してくれる、新書タイプの必携版・仏像事典です。仏像の由来、種類、役割といった基本知識から、印相や持物など専門知識にいたるまで、イラストをふんだんに使い見開きごとにわかりやすく解説。イラストでひと目でわかる、読んでさらに理解が深まる、画期的な入門書として初心者にもおすすめです。種類別「代表的な仏像10選」コラム、巻末「地区別・寺院リスト」付き。拝観マナーや持ち物など、知っておきたい実用情報も満載の貴重な一冊。



7位:吉田初三郎鳥瞰図集 大正の広重が描いた全国名所図会 よみがえる100年前の日本

著者:吉田初三郎
発行:昭文社
発売日:2021年4月20日
サイズ:26×30cm、111ページ

大正の広重、吉田初三郎が描いた超絶技巧の全国名所パノラマ絵図集!
大正の広重と呼ばれる絵師・吉田初三郎は、鉄道会社や新聞社、自治体、地域の観光協会、旅館やホテルなど宿泊施設の依頼を受け、観光案内用の鳥瞰図を数多く制作。日本のあらゆる都市を描き、数千点の作品を残しました。綿密な取材に基づく精緻な描写、清涼さが漲る鮮やかな色使い、テーマ全体を過不足なく入れ込む大胆な構図など、いま見ても斬新で目を奪われます。初三郎の傑作の数々を一冊に凝縮した本書で、その独特の筆致を存分に堪能できます。近年ますます評価の高まる吉田初三郎の決定版画集!



8位:英文サインのデザイン 利用者に伝わりやすい英文表示とは?(TYPOGRAPHY BOOKS)

著者:小林章、田代眞理
発行:ビー・エヌ・エヌ新社
発売日:2019年10月23日
サイズ:21cm、159ページ

日本の空港、駅、行政機関などの公共施設や観光関連施設などで見かける不自然な英文表示や分かりづらいサインデザイン。英語情報だけが頼りの人の目線で今の日本を歩き回ると、とても困ることに気づきます。(中略)訪日外国人が3000万人を超え、オリンピック・パラリンピック開催を控えた現在、きちんと伝わる英文案内・表示(英文サイン)の整備がされなければ、将来のインバウンド需要は先細りになることは明らかです。
本書は、欧文書体デザインと英文翻訳の専門家がそれぞれの視点から日本の英文表示の問題点を提起し、コンパクトでも伝わりやすい英文とその見せ方について解説します。(中略)誰にでも分かりやすい表示は、ユニバーサルデザイン、インクルーシブデザイン、ソーシャルデザインの観点からもこれからますます重要になってきます。公共機関、行政、観光などの担当者やそうした仕事に関わるデザイナー必読の一冊です。



9位:山本まりこの「女子旅」カメラレッスンin韓国 ふんわりかわいく思い出を撮る!(デジイチ女子)

著者:山本まりこ
発行:主婦の友社
発売日:2011年10月
サイズ:21cm、111ページ

デジイチ女子に大人気のフォトグラファーが、旅の撮影テクニックを伝授。魅力あふれる韓国の旅をエッセイ風に紹介しながら、簡単に素敵な写真を撮るための技を解説。デジタル一眼カメラの基本やブログにアップする方法も掲載。



10位:仏像さんを師とせよ 仏像修理の現場から

著者:八坂寿史
発行:淡交社
発売日:2020年11月7日
サイズ:19cm、231ページ

〈仏像修理のプロ集団のトップが語る、仏像修理の裏側〉
〈ある仏像から聞こえた“大地震の予言”〉
近年、観光資源でもある文化財の保存と修理について徐々に関心が高まっている傾向にありますが、その具体的な修理内容や修理技術者の声などを知る機会はそう多くはありません。岡倉天心によって創設された仏像修理を専門に手掛ける美術院国宝修理所の歴史は120年以上と長く、国内外のあらゆる仏像の修理を行ってきました。本書では、現在修理工房のトップを務め、東大寺南大門仁王像や薬師寺弥勒三尊像など数多くのお像を修理してきた著者が、公には語られることのなかった仏像をめぐる様々なドラマを、ユーモアの溢れる言葉で綴ります。





artscape編集部のランキング解説

「『観光』という言葉は、中国の四書五経の一つ『易経』の一文である『観国之光』が語源とされているが、それは『国の文化、政治、風俗をよく観察すること』、『国の風光・文物を外部の人々に示すこと』というような意味・語感を有していたといわれていること等も考えあわせると、いわゆる『観光』の定義については、単なる余暇活動の一環としてのみ捉えられるものではなく、より広く捉えるべきである」(国土交通省「21世紀初頭の観光振興を考える基本的視点」のページより)。普段何気なく使われている「観光」という言葉ですが、元をたどると「遊覧旅行」的な意味に限定されない、広い視野が含まれているようです。
今回のランキングでまず目につくのは、3・4・5位と並ぶ「d design travel」シリーズ。D&DEPARTMENT PROJECTが、「ロングライフデザインの視点で、長く続くものだけを取り上げること」「取り上げた場所や人とは、発刊後も継続的に交流を持つこと」など、一貫した編集方針のもと47都道府県別に制作している観光ガイドブックです。ふとしたところに表われる、その土地らしさや独特な文化を豆知識として伝える「◯◯(県名)のふつう」のページや、一般的な観光ガイドには載らないような小さなお店の空気感をとらえた取材テキスト・写真など、その県に訪れる予定がなくても、誌面を眺めているうちに興味と愛着がつい湧いてしまいます。
打って変わって、「観光」と聞いて思い浮かぶ象徴的なもののひとつは、ガイドブックのなかの観光マップや鳥瞰図のイメージかもしれません。『吉田初三郎鳥瞰図集』(7位)は、大正から昭和にかけて活動した鳥瞰図絵師・吉田初三郎(1884-1955)による鳥瞰図を集めたビジュアルブック。観音開きを用いた製本によって全国各地の鳥瞰図を大きなサイズで眺められ、庶民の間で観光がブームとして盛り上がっていた時代のムードを味わえる一方で、関東大震災の1年後に描かれた、火災の被害状況を報道的に伝える鳥瞰図なども掲載されており、「大正の広重」と呼ばれた吉田が背負うものの多さに思いを馳せる一冊でもあります。
英語情報を頼りに行動する外国人観光客の目線で日本の駅や空港のサインデザインを見つめ直し、そこを出発点に公共におけるデザイン全般について再考せざるをえなくなる『英文サインのデザイン』(8位)もタイムリーな一冊。ランキング内で『仏像図解新書』(6位)、『仏像さんを師とせよ 仏像修理の現場から』(10位)と、複数の書籍において、仏像鑑賞と観光が自然と強く結びついているところも、日本ならではの「観光」観を感じさせてくれる面白いポイントでした。
すでに1年以上続くコロナ禍。気軽にお出かけができる状況になるのはまだ少し先になりそうですが、多種多様な「観光」の姿が本のなかには眠っています。


ハイブリッド型総合書店honto(hontoサイトの本の通販ストア・電子書籍ストアと、丸善、ジュンク堂書店、文教堂など)でジャンル「芸術・アート」キーワード「観光」の書籍の全性別・全年齢における購買冊数のランキングを抽出。〈集計期間:2020年5月23日~2021年5月24日〉

2021/06/01(火)(artscape編集部)

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