artscapeレビュー
2021年10月01日号のレビュー/プレビュー
コトリ会議『スーパーポチ』
会期:2021/09/23~2021/09/27
こまばアゴラ劇場[東京都]
とぼけた演技と少し不思議な物語の背後に死の気配が充満し、時おり立ち上がる濃厚なエロスが生きることの滑稽と悲哀に触れる。コトリ会議のユニークな魅力はその飄々とした底知れなさにある。
実家で飼っていた犬・スーパーポチ(以下ポチ、吉田凪詐)が亡くなり、菫(三ヶ日晩)は恋人の登(まえかつと)とともに帰省する。兄の洋(山本正典)は妻の直生(花屋敷鴨)と戻ることのない旅に出るのだと自らの死を匂わせ、菫に実家を託そうとするが──。
作・演出の山本正典は当日パンフレットに「実家に帰りたいのですが、帰れないので、お芝居の中で帰省することにしました」と書いている。なるほど、菫は劇団をやっていて、去年は金沢でも公演をしたらしい。その経歴は確かにコトリ会議と、そして山本と重なっている。作中では語られない菫の名字も台本には山本だとはっきり記されてさえある。面白いのは、山本自身は劇中では実家に残った(そしてこれから出て行こうとしている)兄・洋を演じているという点だ。
『スーパーポチ』は一人一役を基本としながら、ときにひとりの俳優が複数の役を兼ね、あるいはある人物が別の人物と重ね合わせて描かれる。たとえば、ポチはぬいぐるみの体で舞台上に登場するのだが、それを操る吉田もまた、なぜか犬の着ぐるみを着ており、舞台上のポチはつねに二つの体を持った存在としてそこにいることになる。しかも、ポチの鳴き声は吉田によって演じられるのだが、人の言葉を話す場面に限っては、なぜかその声は直生役の花屋敷によって演じられるのだ。さらに、洋はかつて、ポチに自分の魂を乗り移らせるための魂継ぎの儀式(=首吊り)を試みたことがあったのだという。そのせいかどうか、ポチから受け取ったアンテナ(?)を装着した登は洋の記憶を語り出したりもする。直生はまた、登の自殺した母に似ているらしく、登は「お母さんて呼んでいい」などと言い出す。
かつての菫の担任であり現在も山本家に相談と称して入り浸る堂下先生(原竹志)も、最初は堂下先生に似たポチの葬儀の式場の人として登場し、その存在は最初から二重化されている。台本には一場面だけ堂下家での出来事が記された箇所があるのだが、堂下の妻と思われる女を花屋敷が、娘を三ヶ日が演じているため、観客である私にはそれはほとんど山本家の出来事のように見える。「名前を呼んで」と言う娘に堂下が答えないのだからなおさらだ。菫にキス以上のことをしたことがあるという堂下(=原)が菫(=三ヶ日)と親子を演じるこの場面は、二人の関係に一層の不穏さを付け加える。
こうして場面が積み重なり、エピソードが語られていくほどに、人物の輪郭は溶け出していく。洋と直生、直生と登、登と菫、菫と堂下。作中にはしばしば性行為、あるいはそれを思わせるエロティックな場面が挿入されるが、数珠のように連なり誰との行為であるかも不分明なそれは、どこか底の知れない、ほとんど恐怖と紙一重のエロスを立ち上らせるものとなる。
一体これは何なのだろうか。菫が帰省し、そして再び実家を出ようとするところまでを描いた『スーパーポチ』に物語的な展開は乏しい。堂下と菫との関係とも言えぬ関係が清算され、菫と洋とが和解する、その程度のものだ。個々のエピソードは互いのつながりがはっきりしないものも多い。積み重なるエピソードは人物の輪郭を溶かし、ただそれだけのために語られているかのようですらある。
ところで、死んでしまったポチは自ら「菫ちゃんの友達で バトミントン部のライバルで 赤ペン先生で ぬいぐるみで 地元の武将で ピアノで フィアンセで 弟で お姉ちゃんで 軍曹で 彼氏で 彼女で 憧れの先輩で コンクリートで 星の使いで 悪魔で うなぎで しらみ持ちで 残飯処理係で 相談相手で けんか相手で 一生大好き同士のスーパーポチだよ」と名乗る。菫とポチとの仲の良さを示す微笑ましいセリフはしかし、同時にポチがこの世界のあらゆるすべて、森羅万象に等しい存在であることをも示している、と言ったら言い過ぎだろうか。ポチは世界に遍在している。
菫は自らも旅に出る決意をすることで、兄夫婦が旅に出ることをようやく受け入れられるようになる。「私は北海道行くね」という菫に対してうっかり「じゃあ俺富士山行くよ」と言ってしまった洋からは死の気配は薄れている。洋の言うように「どっちも旅出たらどっかで会うかもしれない」が、しかしもちろん会わないかもしれない。それはつまり、別れがいつでも互いにとって永遠の別れであり得るということに向き合い、それを受け入れることだ。出会い、交じり合い、別れ、そうして菫たちもまた世界に遍在しながら生きていくのだろう。
コトリ会議:http://kotorikaigi.com/
2021/09/25(土)(山﨑健太)
カタログ&ブックス | 2021年10月1日号[テーマ:ノスタルジア]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で開催中の「葛西薫展 NOSTALGIA」にちなんで「ノスタルジア」。このキーワードに関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
「ノスタルジア」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:空飛ぶくじら スズキスズヒロ作品集(CUE COMICS)
【文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞(第24回)】
まっすぐで不器用な、 少年と、少女と、大人たちへ。新しさとノスタルジア。仙台発の若き気鋭、初の作品集。
Web Mediaマトグロッソにて掲載され反響を呼んだ5作品に加筆し、さらに完全描きおろしの表題作「空飛ぶくじら」を収録。
2位:『未』成熟 3(マーガレットコミックス)
大好きだった祖母を亡くし、気落ちする千暁。継母との確執は追いうちをかけるように悪化する。そんな時、絶望の中に一筋の光が──…。快くんは、キャバ嬢・アキが千暁だと気づいていたのだ。ようやくありのままで向き合うことができ、二人の仲は急加速! しかし快くんには抱え込んでいる秘密があるようで…!?
【収録作品】『未』成熟―ノスタルジア―
3位:緊縮ノスタルジア
「KEEP CALM AND CARRY ON」。
この言葉は第二次世界大戦中にイギリス情報省が作成した「空襲を受けてもそのまま日常を続けよ」という意味のスローガンである。このノスタルジックな言葉が現代イギリスであふれかえっている。これはいったいなぜなのか? イギリスでもっとも精力的な若手批評家の一人であるオーウェン・ハサリーが明らかにする。
本書では、緊縮財政下の現代イギリスが、いかに第二次大戦期(=以前の緊縮時代)へのノスタルジアで覆われているのかを、デザイン、建築、食品、映画、音楽など幅広い視点から論じる。
『ガーディアン』『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』『アーキテクチュラル・レビュー』などの雑誌に数多く寄稿。イギリスでの著書は10冊以上。期待の論客によるイギリス文化論が、満を持して日本上陸!
4位:「地方」と「努力」の現代史 アイドルホースと戦後日本
「昔は良かった…」という戦後日本のノスタルジアの謎に迫る。
地方出身者が中央に出て、中央出身のエリートたちをばったばったとなぎ倒す……そんな「努力」と「立身出世」のストーリーがかつての日本には存在した……と本当に言えるのだろうか? その実相に“からめ手”から迫る。戦後、アイドルに祭り上げられた3頭のユニークな競走馬、ハイセイコー、オグリキャップ、ハルウララをめぐる言説の変容を多角的に分析。私たちの社会に潜む「集合意識」を描破する。
5位:【アウトレットブック】大阪万博 (アスペクトライトボックスシリーズ)
EXPO’70あるいは史上最大のレイブ。大阪万博の映像は、単なるノスタルジアとはまったく次元を異にする、なにかとてつもなく古くて新しい感覚──信じるままに突っ走ってしまうチカラそのものである。疑い、ためらうことばかり増えてしまった、世紀末の子供である僕らにとって、だからこそ大阪万博はいま、なによりも新鮮なのだ。
6位:貝殻と頭蓋骨(平凡社ライブラリー)
ただ一度の中東旅行の記録、花田清輝、日夏耿之介など偏愛作家への讃辞、幻想美術、オカルト、魔術、毒薬、そしてのちに「あらゆる芸術の源泉」と述べたノスタルジア……。澁澤龍彦の魅力が凝縮された幻の名著を再刊。〔桃源社 1975年刊の再刊〕
7位:魔道書大戦RPG マギカロギア リプレイブック (Role & Roll Books)
TRPG「マギカロギア」のリプレイ集。「魔道書大戦RPGマギカロギアスタートブック」に収録されたリプレイの続編となる「幻惑のノスタルジア」「大夢消滅」の2本を収める。追加ルールも掲載。
7位:断頭台/疫病(竹書房文庫)
過去から甦る怪奇と幻想の淵
異常心理ミステリー傑作集ここに復刊
過去より甦る怪奇と幻想の淵。彼らはその境目を歩み、やがて呑みこまれていく──。死刑執行人サンソンの役を与えられた売れない役者が、役にとり憑かれ、やがて自分を失っていく「断頭台」。古代マヤの短剣に魅かれる男がその理由を知る「ノスタルジア」。さらに女神アフロディーテの求愛を無視し、娼婦の少女に恋をしたゆえに苛烈な神罰を下される天才彫刻家の物語「疫病」のほか、日本探偵作家クラブの犯人当て企画のために書かれた「獅子」や単行本未収録の「暴君ネロ」といった、古代ローマに材を取った作品も収録。
憎しみだけが惨劇を起こすのではない。ときには純愛や慈愛が引き金となるのだ。妖しい輝きを閉じ込めた、珠玉の異常心理ミステリー集。
9位:教皇ヒュアキントス ヴァーノン・リー幻想小説集
遠い過去から訪れる美しき異形の誘惑者──伝説的な幻の女性作家ヴァーノン・リー、本邦初の決定版作品集。いにしえへのノスタルジアを醸す甘美なる蠱惑的幻想小説集。女神、悪魔、聖人、神々、聖母、ギリシャ、ラテン、ローマ、狂女、亡霊、超自然、宿命の女、人形、蛇、カストラート……彼方へと誘う魅惑の14篇。
10位:コラージュ・シティ(SD選書)
理想都市は歴史のコラージュがつくる。それは「記憶の劇場」になると同時に、「未来を予言する場」へと導く。ファンタジーやノスタルジアでデザインされた20世紀都市からの脱却を追求する名論。〔1992年刊の新装版〕
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artscape編集部のランキング解説
現在ギンザ・グラフィック・ギャラリー(ggg)で個展を開催中(10月23日[土]まで)のアートディレクター葛西薫氏は、同展覧会のタイトルに冠した「ノスタルジア」という言葉について、「意味のないもの、分からないものへの興味。その深層にあるもの」「手作業から生まれるもの」だと語ったそうです(展覧会概要より)。制作におけるアナログな行為の一つひとつに付随する匂いや音によって呼び起こされる、身体に宿っていた原始的な感覚。彼のキャリアの最初期における数々のレタリングやスケッチ、あるいは手書きの映画・小説のタイトルロゴの仕事などを眺めると深く頷ける、葛西らしいユニークな「ノスタルジア」観です。
「過去や故郷を懐かしむ」といった文脈で使われることの多い「ノスタルジア」というキーワードで、すべてのジャンルの書籍のなかから抽出した今回のランキング。コミックや評論、小説、TRPGの関連書など多様な顔ぶれのタイトルが並びました。
「われわれが抱くノスタルジアとは、個人的なレベルの感傷のように思えても、やはりメディアの表象・言説を通して『想起』され『再構成』される過程で形作られる集合的記憶なのである」。4位にランクインした石岡学著『「地方」と「努力」の現代史 アイドルホースと戦後日本』の序盤では、二〇世紀後半以降における「ノスタルジア」についてこう書かれています(同書p.25)。ハイセイコーやオグリキャップ、ハルウララといった、地方競馬を出自に持ち、やがて社会現象を巻き起こした競走馬たちのメディア上での描かれ方を入り口に、「客観的事実かどうかは問われずに、収まりのいい物語が定型化していくというプロセス」を丁寧に分析していくなかで、戦後の日本人たちが自身を重ねる競走馬たちの「立身出世」のストーリーや、地方-中央/田舎-都会の関係、ノスタルジアが発生する場所に潜在する現状批判の精神など、登場するトピックがいずれも興味深い本書は、競馬には特に興味がないという方にもおすすめの一冊です。「過去を振り返るという行為は、実際はいま自分がここにいることの理由を探す行為である。(中略)人はそこに何か必然的な理由があるはずだ、あるいはあってほしいという『願望』をかかえている。だからこそ、理解しやすいストーリーが語られ、そして受け容れられ、いつしかそれはあたかも『個人の記憶』であるかの如く感受されるようになっていくのである」(同書p.18)。
10位の『コラージュ・シティ』も注目したい一冊。1992年に初版が刊行された、「記憶の劇場」としての側面を持つ都市のデザインについて書かれた名著です。過去のアメリカの西部開拓時代などの風景をモデルに「シンボリックなアメリカのユートピア」としてデザインされたディズニー・ワールドにおける景観や、SF的な想像力を掻き立てる都市の将来像のドローイングを残した前衛建築家集団アーキグラムなどへの言及も。
あなたにとって「ノスタルジア」とは、どのようなときに喚起される感覚でしょうか。このワードひとつ取っても、その裏にさまざまな社会的事象やメディアのあり方、あるいはフィクションにしか描き出せない甘美な感情、「ノスタルジア」そのものに対する懐疑など、関連付けられるトピックの幅広さを感じさせる今回のランキングでした。
2021/10/01(金)(artscape編集部)