2022年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

2021年12月15日号のレビュー/プレビュー

「わが町」アクセス 徘徊演劇『よみちにひはくれない』

会期:2021/11/27~2021/11/28

岡山市表町・京橋地区[岡山県]

「老いと演劇」をテーマに「OiBokkeShi」を主宰する劇作家・演出家であり、介護福祉士の菅原直樹が演出する市街上演作品。「徘徊演劇」と銘打たれているように、「街を徘徊する認知症の病妻を探す老人」という設定の下、商店街や河畔を俳優とともに移動しながら観劇する。「OiBokkeShi」の「看板俳優」である95歳の岡田忠雄は、自身も実際に認知症の妻を在宅で介護する当事者でもある。また、本作は、NPO法人アートファームが企画・主催し、2023年秋にオープン予定の岡山芸術創造劇場のプレ事業「わが町」シリーズの一環として実施。建設予定地に隣接する商店街での上演は、街と劇場の距離を架橋する試みであると言える。地域の協力をあおぎ、商店街の路上に加え、実店舗の内部も上演場所となった。さらに、演劇へのアクセシビリティは「バリアフリー上演」としても整備され、手話通訳者の同伴や盲導犬を連れた観客の受け入れなどの観劇サポートも充実していた。



公演風景


「老い、介護、認知症」と「市街劇」を掛け合わせた形態として、「徘徊演劇」というキャッチフレーズは新奇な期待を抱かせる。だが、本作を見終えて感じたのは、「徘徊」の内実が、「20年ぶりに岡山に帰郷した主人公が街を彷徨う自分探しの物語」にすり替わってしまったという失望感だった。物語は、帰郷した30代男性の「神崎」が、子供の頃に可愛がってくれた高齢男性と偶然再会するシーンから始まる。「認知症で行方不明になった老妻を捜してくれ」と頼まれた「神崎」が、商店街の中をひとり探し歩くうちに、父親との確執や好きだった幼馴染の病死といった「彼の過去」が次第に明らかになっていく展開だ。「かつて父の営む店舗があった」空き地で語られるのは、病に倒れた後、以前にも増して暴力を振るうようになった父から逃げるように上京した経緯だ。「幼馴染の実家」の洋品店に立ち寄ると、彼女が癌ですでに亡くなったことを告げられる。河畔で泣き崩れる「神崎」の前に立ち現われる、幼馴染と父親の霊。上京してミュージシャンとして成功する夢も叶えられず、失職中でおまけに自分の浮気が原因で離婚調停中という「仕事も家庭もダメな男、神崎」だが、ラストシーンで高齢男性に再会して「病妻への深い愛情」を知り、現状を叱咤され、過去の確執とも決別して(商店街の店舗の)「外」へと一歩踏み出す……というストーリーだった。



公演風景


このように、本作における「徘徊」とは、「夢も愛情も人生の道も見失った傷心の男が、帰郷すなわち自分の原点に立ち返り、『男としての先輩』である高齢男性に諭され、再び希望と道を見出だす」まで街を彷徨う道のりに変貌してしまっていた。また、「父との確執」が軸になる一方、圧倒的な「母の不在」が影を落とす。だが、「母」はドラマに巧妙に埋め込まれている。「公園で遊んでいたら幼馴染が蜂に襲われ、大声で大人に助けを呼んだ」という彼の子供時代のエピソードに留意したい。「あなたは、自分が思っている以上に優しくて頼れる人だよ」と語る幼馴染(の霊)こそ、「ダメな自分」を全肯定して自信を与え、優しく見守り、無償の愛を注いでくれる「母」の代替なのだ。本作で実質的に描かれるのは、男の自己慰撫の物語に過ぎず、「認知症による徘徊」は、主人公が街を彷徨うための「口実」でしかない。

だが、「老い、介護、認知症」と「パフォーミングアーツ」の交差には、もっと豊かな領域が広がっているのではないか。こうした交差領域にある試みとして、重度身体障害者や認知症高齢者の介護士が普段の介護労働を実演する村川拓也の演劇作品や、老人ホームの入所者とダンスを踊り言語化する砂連尾理、「老いと踊り」を生産的な批評の場に載せるダンスドラマトゥルクの中島那奈子などが挙げられる。菅原の「OiBokkeShi」の特異性は、「看板俳優」自身が老老介護の当事者である点だが、「実生活に近い高齢男性役」としての出演にとどまる点に限界を抱えていた。だが、例えば、実体験をドキュメンタリー演劇として取り込む手法も考えられるのではないか。

また、「徘徊演劇」の真のポテンシャルは、「現実の市街地の風景の上に、『演劇』という虚の世界を上書きする」市街劇の構造と、「今ここにある現実とは別の『現実』を生きている認知症者の知覚世界」を重ね合わせるメタ的な手法にあると言える。本作の後半では、「認知症で街を徘徊中の病妻」がすでに死亡しており、彼女を捜す高齢男性自身もじつは認知症を患っていることが明かされる。「病妻がまだ生きている世界」に暮らす彼の知覚世界を共有し、「実在しない彼女」の姿を求めて街を彷徨う私たちは、「演劇」の世界に身を置いているのか、「認知症者の知覚世界」をともに生きているのか。そこでは、両者の弁別や現実/虚構の不確かな境界が瓦解すると同時に、「他者を人格ある個人として尊重し、否定ではなく寄り添う」というケアの原理もまた浮上する。さらには、「男性とケア」というアクチュアルな問題をジェンダーの視点とともに主題化し、男性中心主義的な価値観や性別役割分業の問い直しへ結び付けることもなされるべきではないか。

2021/11/28(日)(高嶋慈)

村越としや「息を止めると言葉はとけるように消えていく」

会期:2021/11/20~2021/12/18

amana TIGP[東京都]

会場に入ると7点の作品が展示されていた。イメージサイズは60×190cm。マットの余白とフレームがあるのでさらに大きく感じる。写っているのは横長の海の景色で、水平線がちょうど画面の中央に来ている。2012年から21年にかけて、福島第一原子力発電所近くの、ほぼ同一の場所から、6×17cmサイズのパノラマカメラで撮影されたものだ。雨、あるいは霧がかかっているのだろう、湿り気を帯びたグレートーンが、画面全体を覆いつくしているものが多い。

この「息を止めると言葉はとけるように消えていく」と題されたシリーズを見て、杉本博司の作品を連想する人は多いだろう。むろん、発想もプロセスもかなり違っているのだが、見かけ上は杉本の「Seascapes」と同工異曲に思える。人によっては、村越がずっと撮り続けてきた、実感のこもった福島の風景とは違った方向に進みつつあるのではないかと感じるかもしれない。彼もそのことを充分に承知の上で、あえてこの隙のない画面構成と、モノクローム・プリントの極致というべき表現スタイルを選択しているのではないかと思う。個人的には、その方向転換をポジティブに捉えたい。村越のなかにもともと強くあったミニマルな美学的アプローチを、むしろ徹底して打ち出そうとしているように思えるからだ。不完全燃焼に終わるよりは、より先に進んだ方がいいのではないだろうか。DMの小さな画像ではよくわからなかった、彼の全身感覚的な被写体の受け止め方が、大判プリントの前に立つことでしっかりと伝わってきた。

関連レビュー

村越としや「沈黙の中身はすべて言葉だった」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年03月15日号)

2021/11/30(火)(飯沢耕太郎)

柚木沙弥郎 life・LIFE

会期:2021/11/20~2022/01/30

PLAY! MUSEUM[東京都]

若い頃に民藝運動に出合い、芹沢銈介に師事して染色家の道に進んだ柚木沙弥郎。当時の民藝を知る99歳の作家がいまだ現役で活躍していることにまず驚く。2013年に101歳で逝去したプロダクトデザイナーの渡辺力も最期まで現役を貫いた人物だったが、彼らに共通して言えるのは、優しい笑顔を絶やさなかったことではないか。本展で展示された柚木の素顔を見ていると、そう思えてきた。つまりつねに大らかな気持ちで物事に接することが、長寿かつ生涯現役の秘訣なのではないかと想像する。

柚木の作品の魅力は、型染の味わいに尽きる。それは筆での彩色にはない線や輪郭の武骨さや、ムラや滲みのある色の載り方、重ね刷りのような表情だろうか。彼はこうした味わいを強みに、民藝を出発点としながらもさらに一歩抜け出し、現代的な作風を次々と生み出してきた。本展ではそんな染色作品が「布の森」と称した展示空間でたっぷりと味わえる。


《まゆ⽟のうた》(2013)岩⼿県⽴美術館蔵[撮影:⽊寺紀雄]


もうひとつの見どころは絵本の原画だ。正直、柚木がこれほど絵本を手がけていたとは知らなかった。宮沢賢治の絵本シリーズ『雨ニモマケズ』の絵については以前に別の展覧会で観たことがあったが、ほかにジャズピアニストの山下洋輔や詩人のまど・みちお、谷川俊太郎ら大物クリエイターとのコラボレーション作品が並び、さすがと思う。いずれの絵本も登場人物のほとんどが動物たちで、彼ら(?)がとても豊かな表情をしていることに惹きつけられた。おどけた表情や驚いた表情、生き生きとした表情……。絵本の世界なのでもちろん擬人化された動物たちなのだが、彼らを見ていると、現実の世界の煩わしいことなどはどうでもよく思えてくる。ここに柚木の大らかさが溢れているように感じた。驚いたのは、絵本の原画でも型染の技法を用いていたことだ。その絵本で使用された型紙が展示されていて興奮する。型紙が、もはや彼の絵筆代わりなのだろう。辛い戦争時代も経ながら長く生きてきた彼にとって、いまの世界的なパンデミックは何てことのない出来事なのかもしれない。彼の作品から温かな気持ちをお裾分けしてもらったような気持ちになった。


『ぎったんこ ばったんこ』原画(2000)⽊城えほんの郷蔵


『つきよのおんがくかい』原画(1999)⽊城えほんの郷蔵



公式サイト:https://play2020.jp/article/yunokisamiro/
※アイキャッチ画像:「柚⽊沙弥郎 life・LIFE」展覧会ビジュアル

2021/12/02(木)(杉江あこ)

つくる・つながる・ポール・コックス展

会期:2021/11/20~2022/01/10

板橋区立美術館[東京都]

ポール・コックスの仕事を私はそれほど詳しく知らなかったのだが、調べてみると、日本でも目にしたことのある広告がいくつかあった。鮮やかな色使いや軽やかで柔らかな筆致は、確かに何とも言えない親しみを感じさせる。その一方で、劇場のポスターやパンフレットといったグラフィックデザインを見て、彼は優れたアートディレクターであることも感じた。フランスのナンシー・オペラ座、ディジョン・ブルゴーニュ劇場、リール・北劇場などの仕事を次々と手がけたようだが、各劇場のシーズンごとにデザインテイストがしっかりと確立されており、利用者がひと目で認識できるようになっていたからだ。そのグラフィックデザインも非常に個性的だ。シンプルな切り絵のようなシルエット画に、手書きの鉛筆文字を組み合わせたポスターや、イエローとグリーンを基調にしたイラストに手書き文字を組み合わせたポスター、イラスト化した演者に手書きのペン文字を組み合わせたポスターなど、手書き文字とイラストを巧みに使っていることがわかる。ちなみに1996年から劇場の仕事が始まったと解説されていたのだが、この頃はアナログからデジタルへと移り変わるまさに過渡期である。実際に彼がどちらの手法を使ったのかはわからないが、手書き文字とイラストで構成されたグラフィックデザインを見る限り、もしかするとずっと手作業で制作していたのかもしれない。その良い意味での味わいが結実しているように感じた(現在、パソコンと手作業とを併用しているようだ)。


ポール・コックス「リール・北劇場ポスター」(2014-15)


ほかに木や家、自転車などの平面オブジェの下にキャスターが付いた「ローラースケープ」や、日本での展覧会向けにひらがなを絵で表現した「えひらがな」など、遊び心いっぱいの作品が本展で展示されていた。彼は劇場の仕事の流れで舞台美術やコスチュームデザイン分野でも活躍したようなので、パフォーマンス的にものを伝えることに長けていたうえ、おそらく面白みも感じていたのだろう。


展示風景 板橋区立美術館 「ローラースケープ」


展示風景 板橋区立美術館 「えひらがな」


こうした愉快な作品もさることながら、私が最後に心を打ったのは一連の風景画である。彼は住まいを南仏アルルに移したことをきっかけに、周辺の美しい風景を毎日スケッチするようになったそうで、まさに現代の印象派のような雰囲気を持ち合わせていた。やはり美しい自然や風景は、人に絵を描かせるのだと痛感した。そんな彼の純粋な創作意欲に触れた展覧会であった。


展示風景 板橋区立美術館


公式サイト:https://www.city.itabashi.tokyo.jp/artmuseum/4000016/4001473/4001477.html

2021/12/02(木)(杉江あこ)

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GINZA STREET LAB

会期:2021/11/29~2021/12/17

資生堂銀座ビル[東京都]

SDGsが国連加盟国の間で掲げられてから早5年が過ぎた。企業や団体、自治体などはビジネスや活動をするにあたって、それがSDGsに即した内容でなければ、ユーザーに共感されない時代になってきている。そんな難しい課題を突きつけられるなかで、今年、資生堂がユニークな展示を行なった。創業地であり社屋を構える銀座の街にスポットを当て、「銀座の生態からサステナビリティを考える」プロジェクトを行なったのだ。それをウィンドウアート「銀座生態図」として昇華し、社屋の前の並木通りを行き交う人々の目を楽しませた。


展示風景 資生堂銀座ビル[Photo: JUNPEI KATO/Production: HAKUTEN CREATIVE]


具体的には資生堂に所属するアートディレクターの堀景祐が、銀座の生態を「人・自然・生活」の循環と捉え、さまざまな視点から観察するフィールドワークを行なったのだ。「前期:植物・生き物編」「中期:大地編」「後期:人の営み編」という三つのフェーズに分け、さまざまなものを採集し、クラフトワークをし、銀座の地理を模した什器にコラージュした。銀座は日本最大級の商業エリアである。高級ブランド店や宝飾店、ギャラリー、一流レストランなどが建ち並ぶイメージがなんとなくあるが、実は通りの路肩や足元に目を向ければ、さまざまな街路樹や海外からの訪問者によって運ばれた外来種の草花、緑化された屋上に飛び交う鳥や蝶など、ほかの街には見られない多種多様な生物が棲むことがわかったのだという。また歩道にはアスファルトだけでなく多様なタイルがあり、街路樹の下にはいろいろな色や形の土や石がある。調査そのものは地道で泥臭い作業であるが、採集した物を元に美しく印象的なウィンドウアートに仕立てたのはさすがとしか言いようがない。また採集した葉で草木染めした布や、採集した土でつくった陶器などのクラフトワークも興味深かった。


展示風景 資生堂銀座ビル


本展ではプロジェクトの集大成として三つのフェーズのウインドウアートがまとめて展示されたほか、資生堂と武蔵野美術大学との産学協同プロジェクト「Crafting New Beauty 2021─サステナブルな美の生活価値の共創」の学生作品も併せて展示された。こちらは学生たちが銀座で生きる人々との対話を経て、パフォーマンス手法を用いたリサーチを行ない、プロトタイプへと落とし込んだものだ。さらに「100年後まで遺したい銀座の美」をテーマに写真と言葉で創作した複数枚のカードも発表された。この「銀座生態図」はある意味、きらびやかな街を土着的に下支えする「人・自然・生活」の生態図だ。資生堂もその一部であることを自覚したうえでの試みなのだろう。サステナブルとは、結局、背伸びをしすぎないとか、欲張りすぎないということから始まるのではないか。身の丈に合った場所で、自らの周辺に気を配り、良好に保ちながら次代に引き継いでいく。多くの人々がそれを実行すれば、地球環境は少しだけ救われる気がする。


公式サイト:https://creative.shiseido.com/jp/news/90340/

2021/12/03(金)(杉江あこ)

2021年12月15日号の
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