artscapeレビュー

2022年04月01日号のレビュー/プレビュー

酒井一吉|志田塗装─虚実の皮膜

会期:2022/02/19~2022/03/20

アズマテイプロジェクト[神奈川県]

日本におけるペンキ塗装は横浜が発祥の地とされる。1853年、浦賀沖にペリー率いる黒船が来航、翌年再び現われ、横浜に設けられた応接所で日米和親条約が結ばれたのはご存知のとおり。このとき、応接所の壁を塗装する職人を探して、江戸から町田辰五郎が招かれた。辰五郎はいったん塗装したものの仕上がりに満足できず、黒船の乗組員にペンキ塗装の技術を教わり、みごと応接所の塗装を完遂。これが日本の近代塗装の始まりといわれている。以後、辰五郎はその技術を弟子たちに伝え、全国に広まっていった。その弟子のひとり、志田某の末裔が横浜・伊勢佐木町のビルの一室で志田塗装を創業。4年前、すでに閉鎖したその事務所の向かいにアズマテイプロジェクトが入室し、メンバーのひとり酒井一吉が空室となっていた志田塗装の部屋を借りて、今回の個展につながっていく……。

どこまで本当で、どこからウソなのか怪しいが、そんな設定に基づいた展覧会。まず、志田の末裔という人物へのインタビュー映像を見る。この人物によれば、塗装とは新たにペンキを塗るだけでなく、あえて古びたように塗ったり、時代がかった塗装を保存したりすることも重要とのこと。その言葉どおり、会場には建物からひっぺがした古い壁や、グラフィティの書かれた壁の断片、四角く切り取られた壁の跡の写真、日本のペンキ塗装史を彩る資料などが並んでいる。もともと建物自体が古いので、壁面を囲うように白い仮設壁を立て、その上に作品を展示しているが、奥の壁の半分だけ薄汚れた壁が剥き出しになっている。と思ったら、仮設壁の上にススや汚れをつけて、あえて経年劣化したように壁面を描いているのだ。つまり新しい壁に古い壁を上書きしているわけ。「塗装」の概念を覆す塗装といえる。

実は、アズマテイの向かいに「志田塗装」とペンキで書かれたシャッターはあるのだが、大家さんによればそんな会社は存在しなかったというのだ。塗装会社を装った怪しい組織だったのか、それとも単なる塗装として「志田塗装」という字を書いてみたのか。なんともミステリアスな話ではある。したがって志田某が辰五郎の弟子だったというのも、志田の末裔へのインタビュー映像もフィクションであり、ここに並ぶ壁の断片も志田塗装とは関係なく、酒井一吉の「作品」なのだ。だから酒井は壁を切り取るだけでなく、志田塗装をめぐる「虚実の皮膜」をひっぺがしたともいえるし、逆にペンキのように虚実を上塗りしているといってもいい。いやーおもしろい。

でもいちばんソソられたのは、江戸の辰五郎が日米和親条約を機に横浜でペンキ塗装を始めたというエピソードだ。この史実は、その12年後の1866年、江戸に住む高橋由一が横浜に居住していたチャールズ・ワーグマンを訪ねて油絵を学んだ、というエピソードを想起させずにはおかない。ペンキを塗ることも油絵を描くことも同じ「ペインティング」という。日本のペインティングの創始者は由一だと思っていたが、実は町田辰五郎という先駆的ペインターがいたのだ。


志田塗装の公式サイト:https://shida-toso.com

2022/03/20(日)(村田真)

野村恵子「Moon on the Water」

会期:2022/03/10~2022/04/03

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

野村恵子は2019年に「Otari-Pristine Peaks 山霊の村」で第28回林忠彦賞を受賞後、母方の故郷である沖縄に移住した。元々、デビュー写真集の『DEEP SOUTH』(リトル・モア、1999)以来、沖縄の人と土地をテーマにした写真を撮影し続けてきたのだが、移住前後の時期に集中して撮影された今回のシリーズ「Moon on the Water」は、ややフェーズが違ってきているのではないだろうか。展示された約40点の作品を見ると、彼女のからだの奥に潜んでいた沖縄人の血、魂がはっきりと表にあらわれ、生と死とが共鳴し合う清冽で力強いイメージとして形をとってきているように思えるのだ。とりわけ、DMにも使われた海中を漂う裸体の女性のような、水/海にかかわる写真群が鮮烈な印象を与える。生命そのものがそこから発生してくる母胎としての水/海のイメージが、多くの写真に通底しており、そのことによって、沖縄という土地の地霊(ゲニウス・ロキ)と共振する磁場が生まれてきている。野村の写真家としてのキャリアにおいて、ひとつの区切りとなる作品群となることは間違いない。

展示作品の中には、沖縄在住の写真家、石川竜一が写っているものもあった。石川と野村が、今後も生産的なコラボレーションを続けていくなら、より実りの多い成果が期待できるのではないだろうか。

2022/03/20(日)(飯沢耕太郎)

劇団スポーツ『怖え劇』

会期:2022/03/18~2022/03/21

王子小劇場[東京都]

パワハラはなぜいけないのか。改めて問う必要すらない(はずなのに一部からはいまだに必要悪論が聞こえてくる)ようにも思えるこの問いを愚直に正面から引き受け、演劇ならではのかたちで自分たちなりの応答をしてみせる。劇団スポーツ『怖え劇』はそんな作品だった。

劇団スポーツは法政大学文学部の同期である内田倭史と田島実紘によって2016年に結成された劇団。2017年からは早稲田演劇倶楽部を拠点に活動し、2018年には俳優の竹内蓮が加わり現在の3人体制となっている。今作はもともと、佐藤佐吉演劇祭2020参加作品として2020年3月に上演が予定されていたものだったが、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため演劇祭自体が中止となり、それに伴い公演も中止に。今回、佐藤佐吉演劇祭2022参加作品として2年越しの上演実現となった。

これまでの劇団スポーツの多くの作品では内田と田島が共同で作・演出を担当していたが、今作では内田が単独で作・演出を担当。俳優それぞれの持ち味を活かす台本と演出はそのままに、コメディ色は残しつつもパワハラというテーマと正面から向き合った今作は劇団としても新たな挑戦と言える作品になっていた。なお、『怖え劇』は4月5日(火)まで映像配信もされている。以下では結末まで含めた作品の内容に触れるため注意されたい。


[撮影:月館森]


公演を控え、新人劇団員の真隈(竹内)は稽古場とバイト先であるゴーストレストランの往復生活を送っている。入団して初めての新作公演を楽しみにしつつ、演出の尾上(甲野萌絵)のこれまでとは異なる様子に戸惑う真隈。先輩劇団員の工藤(タナカエミ)と矢野(てっぺい右利き)によれば、新作に臨む尾上の厳しさは再演のときの比ではないらしい。今回、演出助手として参加する金丸(三宅もめん)がしばらく休団していたのも、尾上の演出に耐えられず俳優を続けられなくなったからなのだという。真隈と同期の結木(高久瑛理子)も萎縮気味でうまく演技ができない。苛立つ尾上の「指導」はさらにエスカレートしていく。


[撮影:月館森]


一方、真隈はバイト先でも店長(タナカ)からパワハラを受けていた。稽古場とバイト先の往復、そして双方で受けるパワハラに疲れ切った真隈はやがてバイト先=現実と新作公演の舞台としてのゴーストレストラン=虚構の区別がつかなくなってしまう。電車に乗り、家に帰り着き、布団に入る(マイムをする)真隈。だがそこはいつまでも舞台の上のままだ。


[撮影:月館森]


どんな場所にでもなれる稽古場とさまざまな顔を持つゴーストレストラン(ウーバーイーツなどの配達に特化した、複数の「専門店」[たとえば作中ではエスニック、豚丼、唐揚げ、お好み焼き、ラーメンなど]のキッチンを兼ねる形態の店舗)を重ね合わせる設定が秀逸だ。どんな場所にでもなれるはずの稽古場=ゴーストレストラン=舞台はしかし俳優を閉じ込める檻となり、真隈はどこにも行けなくなってしまう。それは演劇という枠組みを使ったメタなギャグであると同時に、小劇場というフィールドで活動する俳優の置かれた苦しい状況を直球で表わしたものでもあるだろう。

俳優を「閉じ込める」のは金銭的、時間的(≒体力的)問題だけではない。尾上のパワハラに対して見て見ぬフリをするべきではないという真隈の主張に対し、それでは公演が中止になってしまうと劇団員たちは微妙な反応をする。公演を打つこと、あるいは劇団として活動をすることそれ自体が、他者との約束というかたちで俳優に対するある種の束縛となっているのだ。


[撮影:月館森]


尾上のパワハラ問題は解決しないまま公演本番がやってくる。だが、真隈はその舞台上で突然、バイト先から退勤し、電車に乗り、家に帰るマイムをやりだす。台本にない、作品をぶち壊しにする行為を尾上は止めようとするが、ますますエスカレートしていく真隈。やがてほかの俳優やスタッフ(舞台監督:水澤桃花、照明:緒方稔記、音響:大嵜逸生)も真隈の「芝居」に乗っかり、桜が舞い、蛍の光が流れる祝祭的な空気のなかで、店長と真隈は和解し、尾上は金丸とともに劇団をはじめた頃のことを思い出しetcetc、怒涛の大団円。一同は花見をするために劇場を出ていくのであった。


[撮影:月館森]


勢いと感動に任せてすべてをうやむやにするエンディングにも思えるがそうではない(いや、尾上のパワハラについて何の決着もついていないという意味でそれは正しくもあるのだが……)。結木の台本にはお守りのようにしてスーパーマンの絵が書き込まれていた。結木は先輩から言われた「役者はスーパーマンだって思えば、何でもできる」という言葉の意味を忍耐と捉えているフシがあり、また、真隈はそれをアンパンマンと取り違えてしまうのだが、エンディングに至ってその意味は自己犠牲から可能性としての「何でもできる」へと読み替えられていく。パワハラはいけない。なぜなら、何でもできるはずの俳優の、演劇の可能性を潰してしまうからだ。ラストで爆発する演劇のエネルギーは軽やかに、しかし力強くそう主張していた。

現実と虚構の区別がつかなくなり演劇に閉じ込められてしまった真隈は、その区別のつかなさを反転することで「現実」を改変してみせた。だがそもそも演劇は最初から虚構であると同時に複数の意味で現実でもある。一方、現実もまた、習慣や法律など、複数の「虚構」によって構築されたものだ。だから、『怖え劇』のエンディングが示しているのは演劇の可能性だけではない。強固と思える現実だってきっと、書き換えることは可能なはずだ。


[撮影:月館森]



劇団スポーツ:https://gekidansport.com/
劇団スポーツTwitter:https://twitter.com/gekidansport
『怖え劇』配信映像:https://twitcasting.tv/gekidansport/shopcart/144514

2022/03/20(日)(山﨑健太)

カタログ&ブックス | 2022年4月1日号[テーマ:Chim↑Pomが「時代に呼応」し続けてきた記録としての5冊]

注目の展覧会を訪れる前後にぜひ読みたい、鑑賞体験をより掘り下げ、新たな角度からの示唆を与えてくれる関連書籍やカタログを、artscape編集部が紹介します。
震災、都市、原発などさまざまな社会問題に呼応しては介入を試みるアーティストコレクティブ・Chim↑Pomの過去最大規模の回顧展「ハッピースプリング」(森美術館にて2022年2-5月開催)。2005年から活動を続ける彼らの問題意識と、発想を定着させる瞬発力・行動力にひたすら圧倒される本展。その秘密に迫る5冊を選びました。


今月のテーマ:
Chim↑Pomが「時代に呼応」し続けてきた記録としての5冊

※本記事の選書は「hontoブックツリー」でもご覧いただけます。
※紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。
協力:森美術館


1冊目:We Don't Know God: Chim↑Pom 2005–2019

著者:Chim↑Pom
発行:ユナイテッドヴァガボンズ
発売日:2019年6月4日
サイズ:292ページ

Point

それまでのChim↑Pom作品を一挙にまとめた、2019年の刊行時点での決定版的作品集。その後に続くコロナ禍や東京五輪の開催など、この数年間の社会の激動ぶりと、それに呼応して新たな作品を続々と発表しているChim↑Pomの活動の旺盛さに目が回るような思い。会田誠、椹木野衣などによる論考も豊富に掲載。


2冊目:都市は人なり SukurappuandoBirudoプロジェクト全記録

著者:Chim↑Pom
発行:LIXIL出版
発売日:2017年8月18日
サイズ:20×23cm、227ページ

Point

五輪の開催が2013年に決定して以降、都市開発の名の下に急速な変貌を遂げてきた東京。本書は、取り壊しを控えた歌舞伎町のビルでの展覧会「また明日も観てくれるかな?」を中心としたプロジェクトの克明な記録集。初期より路上からの視点を一貫して持ち続けてきたChim↑Pomの《ビルバーガー》はやはり圧巻。


3冊目:はい、こんにちは ─Chim↑Pomエリイの生活と意見─

著者:エリイ
発行:新潮社
発売日:2022年1月31日
サイズ:20cm、174ページ

Point

「ハッピースプリング」展の後半に彼女に焦点を当てたパートがあることからもわかる通り、Chim↑Pomのパフォーマンスに不可欠なのがエリイの存在。そんな彼女が人工授精からの出産を経て上梓したドキュメント。いわゆる出産エッセイとは一線を画する、エッセイと小説の中間のような独自の文体が脳裏に焼き付くよう。



4冊目:公の時代──官民による巨大プロジェクトが相次ぎ、炎上やポリコレが広がる新時代。社会にアートが拡大するにつれ埋没してゆく「アーティスト」と、その先に消えゆく「個」の居場所を、二人の美術家がラディカルに語り合う。

著者:卯城竜太、松田修
発行:朝日出版社
発売日:2019年9月30日
サイズ:19cm、322ページ

Point

Chim↑Pomのメンバー卯城竜太と美術家の松田修による二人の対話で淡々と綴られていくのは、地域芸術祭などを通して公共に「配置」される存在となりかけているアーティストや、現代日本における個人の感覚の変化に対する問題。近年頻繁に起こる、表現活動と炎上の関係性などを考えたい人にも勧めたい一冊です。



5冊目:乙女の絵画案内 「かわいい」を見つけると名画がもっとわかる(PHP新書)

著者:和田彩花
発行:PHP研究所
発売日:2014年6月20日

Point

大学院でも美術史を専攻した和田彩花(元アンジュルム)が古今東西の名画の見どころを綴った、アート鑑賞入門としても読みやすく自由な視点がもらえる一冊。彼女が現代美術の面白さに開眼したのは、3.11に関連したChim↑Pomの展示「Don’t Follow The Wind」(2015)がきっかけだそう。







Chim↑Pom展:ハッピースプリング

会期:2022年2月18日(金)~5月29日(日)
会場:森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53F)
公式サイト:https://www.mori.art.museum/jp/exhibitions/chimpom/index.html


「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」展覧会図録

出版社:カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社、美術出版社書籍編集部
発行:森美術館
発行日:2022年3月31日
サイズ:37.5×37.5cm、48ページ+大型ポスター
言語:日英バイリンガル

展覧会カタログ + 大型ポスター + LPレコード
本展を企画した森美術館キュレーター(近藤健一)による論考や、セクション解説、作品解説、作品図版、作家によるイラストなどを掲載。LPレコードには、展覧会会場用オーディオガイド音声の抜粋とアーティスト涌井智仁によるリミックスを収録。
※LPレコードの音源はパソコンのみでダウンロードできます(期間限定回数制限あり)。詳細は商品に同封される説明書をご確認ください。


◎展示会場、森美術館オンラインショップで販売中。


2022/04/01(金)(artscape編集部)

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