2018年10月15日号
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artscapeレビュー

大ニセモノ博覧会──贋造と模倣の文化史

2015年06月01日号

会期:2015/03/10~2015/05/06

国立歴史民俗博物館[千葉県]

毎年、担当するクラスの学生に模倣という行為について悪いことなのか良いことなのか、コメントを書かせている。年によって多少の差はあるが、良いという答えと悪いという答えはだいたい拮抗する。そしてどちらも絶対的に良い、悪いとするのではなく、必ずなんらかの留保がついている。すなわち模倣には良い模倣と悪い模倣があると考えているのだ。良いとする理由について、模倣は創造の源泉であるという真っ当な意見もあれば、好きなデザインの製品をニセモノでもいいから安く買いたいという企業のブランド担当者が聞いたら白目をむきそうな回答もある。とはいえ、憧れの商品を手に入れたいというモチベーションが商業活動を活発化させ、似たものを自分たちで安くつくりたいという要求が歴史的に各国のものづくりを発展させてきたことは間違いない。「ニセモノ」という言葉にはネガティブなニュアンスが含まれているが、じっさいのモノには人間の複雑な欲望と価値観とが絡み合っている。この展覧会もまた、贋造や模倣という人間の営みを善悪に留まらずに多面的に捉えようとする試みだ。
 とくに興味深い展示は「見栄と宴会の世界」。客人をもてなす饗宴の席を、その家の主人は書画骨董で演出する。家の格を自慢するためには名のある作家の美術工芸品が必要とされ、そうしたなかにニセモノへの需要があったというのである。はたして主人がニセモノとわかっていてそれを入手したのかどうかはいまとなっては定かではないと言うが、この場合「騙される」のはニセモノの買い手ではなく、もっぱら客人である(しばしば主人の子孫も騙されて、ニセモノのお宝を鑑定団に出品する)。贋作の存在は、ただつくり手、売り手が買い手を騙して儲けるだけのものではない。貝輪(貝をくりぬいてつくった腕飾り)を粘土の焼き物で模倣した「縄文時代のイミテーション」も面白い。なかには多数の貝輪を装着した状態を模した焼き物もある。当時の人たちでもこれらをホンモノとは見違えなかった思うが、それでも似たものを身につけたいという需要は古の時代から存在したのだ。これは上に挙げた「ニセモノでもいいから欲しい」という現代の若者の欲求となんら変わらない。
 このように「ニセモノ」の諸相をさまざまな角度から見せてくれる展示であるが、展示の最初に「安南陶器ニセモノ事件」や古今東西の歴史的な贋作事件が取り上げられているほか、人魚のミイラのようなインパクトのある贋造品が出品されており、展示全体はそれを企図していないにもかかわらずニセモノの供給側を主体とした「騙し騙される」という構造に意識が向いてしまう。ニセモノの歴史を功罪相合わせて捉えようとするならば、誰が、どのような理由でニセモノを求めたのかという需要側の考察はもっと強調されても良かったように思う。[新川徳彦]

2015/05/06(水)(SYNK)

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