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フランス国立ケ・ブランリ美術館所蔵 マスク展

2015年06月01日号

会期:2015/04/25~2015/06/30

東京都庭園美術館[東京都]

アール・デコの絵画や彫刻、装飾美術に用いられた主題には同時代のさまざまな社会状況、流行が影響している。東京都庭園美術館の前回展「幻想絶佳」(2015/01/17~2015/04/07)では、アール・デコと古典主義の関係が取り上げられていた。今回の「マスク展」に出品されているマスク──仮面は、フランスのケ・ブランリ美術館が所蔵するもので、もともとは世界各地から民俗資料として集められたもの。となれば、植民地として支配されたアジア・アフリカへのエキゾチシズムが西欧のアール・デコに与えた影響に焦点が当てられるのかと想像していたのだが、そうではなかった。
 展示はいわばマスクをモチーフにした空間インスタレーション。庭園美術館本館のアール・デコの空間のあちらこちらに異形のマスクたちが佇んでいる。部屋の中央で堂々とした姿を見せるマスクもあれば、棚の中に小さく隠れているマスクもある。書斎ではいくつかのマスクがこちらのほうを見ながら浮遊している。一部露出展示もあり、そうでないマスクも本展のためにつくられたという台座の上に浮き上がって見える。特筆すべきは、ほとんどの展示室のカーテンが開いていて窓から光が入り、マスクの背景には緑の芝生の庭が見えることだ。「暗い室内にスポットライトで浮かび上がる異形の面」というイメージで臨むと、これもまた裏切られる。夕方、外が暗くなったらこれらのマスクがどのように見えるだろうかと考えたが、この時期、閉館時間の18時でも外は明るいのでそれも果たせない。展示品たるマスクは本来は祭祀などに用いられる民俗資料なので、そのような関心から本展を訪れる人もあろう。展示は、アフリカ、アメリカ、オセアニア、アジアと地域別になっており、それぞれの歴史、用途などについて解説が付されているが、民俗学的な関心に応えるほど詳細が書かれているわけではないので、おそらくそれは主題ではない。図録に掲載されたマスクの写真は一部分がアップにされていたり、レンズの被写界深度を浅くしてぼかしていたり、まったく図鑑的ではない。なにしろここは博物館ではなくて美術館なのだ。こうした文脈の中に日本の能面が並んでいることもまた奇異に思われる。つまるところ、こうであろうという想像、期待をことごとく外してくれているのだ。
 こうした「期待」とのズレは、もちろん企画者が意図するところなのだろう。ケ・ブランリ美術館のキュレーター、イヴ・ル・フュール氏は、光の中にマスクを展示することについて、マスクが暗闇の中に展示されるのは西欧がかつてアフリカを暗黒の大陸と形容したような偏見に基づくものであり、それを変えるものとして本展示を企画したと語っている。西欧対非西欧は単に地理的な問題ではなく、先進的で洗練された文化と野蛮でプリミティブな世界という対比でもあった。2006年に開館したケ・ブランリ美術館が掲げた目標は「文明間の対話」というもの。その展示方法が文明間の優劣という文脈から相対化へと視点の転換を図るものと考えれば、この展示を「期待と違う」「ふつうとは違う」と考えてしまう私たちの「期待」と「ふつう」が、非西欧圏にありながらもひどく西欧的な価値観、西欧的なバイアスに犯されてしまっていることに改めて気づかされる。
 疑問に思う点もある。新館展示室では映像アーカイブ「エンサイクロペディア・シネマトグラフィカ」から世界各地のマスクを使った祭の映像が上映されており、おそらくそれは本来の文脈のなかでのマスクの役割を見せているのだろう。それはとても良いのだが、ここにヨーロッパの祭の映像があるにもかかわらず、本館には西欧のマスクはひとつも展示されてない。それはケ・ブランリが非西欧の造形だけを集めているためでもあるが、その意味はよく考えてみる必要がある。また、黒い背景にマスクを配したポスターやチラシなどの広報物、見返しにも黒い紙を使っている図録は、企画の主旨と展示の実際から考えると私たちの先入観と偏見に近いという意味でミスリーディングだと思う。[新川徳彦]


以上、すべて展示風景

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