2017年10月15日号
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artscapeレビュー

チャンネル7 髙橋耕平「街の仮縫い、個と歩み」

2016年12月15日号

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会期:2016/10/15~2016/11/20

兵庫県立美術館[兵庫県]

注目作家紹介シリーズ“チャンネル”7回目は、京都を拠点として主に映像作品を手がける髙橋耕平の個展。髙橋は、「複製」「反復とズレ」「同一性と差異」といった映像の構造に自己言及的な初期作品から、近年は、具体的な人物や場所に取材したドキュメンタリー的な作品へとシフトしている。この移行によって浮上したのが「記憶」という主題であり、「個人」の記憶から「場所」の記憶や地域の共同体へ、さらにそこにはらまれた歴史的時間へと、作品ごとにフィールドを拡張してきた。
本展での髙橋の関心は、21年前の阪神・淡路大震災の被災という、他者の経験や記憶にどうアプローチできるのかという問いへ向けられている。ただしそれは、被災経験それ自体の主題化ではなく、非当事者として完全な共有や追体験は不可能だからこそ、「誤読」がはらむ創造的な可能性があるのではないかという試みでもある。
展示室に入ってまず目につくのは、展示形態の仮設性、移動性だ。映像作品は広げた毛布や段ボールに投影され、プロジェクターを置く台や鑑賞者用の椅子は、水の入ったペットボトルにベニヤ板を被せた仮ごしらえのものだ。これらは「避難生活や救援物資」を強く連想させる。一方、映像の被写体やインタビュー内容には、震災との直接的な関係は見られない。電動車イスの男性、視覚・聴覚障害者が街を歩く様子や歩行訓練の風景が映され、髙橋は自らの身体を介入させて、彼らの知覚世界の疑似的なトレースを試みる。それは、障害者の歩行という近似値を通じて、快適な都市空間がスムーズな移動を妨げるものに変貌した被災経験へ接近しようとする試みだと理解できる。


会場風景 撮影:表恒匡

一方、写真作品は、キャスター付きの台車の上に貼られて床置きされ、つまづいて蹴飛ばすとコロコロと転がり出しそうだ。鑑賞者の歩みを阻むように置かれたそれらをのぞき込むと、一枚の写真やチラシを地面の上に置いて入れ子状に撮影したものだとわかる。これらは、「阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター」が一般の人々から提供を受けて所蔵する被災資料(の複写)を、2016年現在の神戸や阪神間の路上に置いて撮影したものだ。例えば、《神戸市の路上─電線点検作業》では、電線に上る点検作業員を写した写真が、ひびの入ったアスファルトの上に置かれることで地面の亀裂と視覚的につながって見え、復旧された電線と「地震」の記号的な置換が意味の衝突を引き起こす。《神戸市の路上─積雪》では、地面を覆う雪の「白」が、現在の路上の白いペンキ跡とつながり、関連のない事象どうしが写真の中で等号で結ばれてしまう。また、求人広告や迷子犬の貼り紙などを、おそらくかつて貼られていた場所に置いて撮影したと思われる写真もある。ここでは、形態や色彩を読み替えの因子として元の写真の意味づけや文脈がズラされ、あるいは「かつてあった」場所に再配置されることで、過去が現在へと唐突にも「接ぎ木」されているのだ。
だがそれは、遊戯的で恣意的な次元に留まるものではない。「時間の接ぎ木」の提示は、「過去のある光景を写した写真」が「現在時において眺められる」という、常に遅れや時差を伴った写真の受容経験についての優れた批評である。またそれは、「将来、他人によってこのように眼差されるかもしれない」シミュレーションとして、「震災資料」の見方を「更新」することで、写真における解釈コードが無数に存在しうること、色彩や形態へと恣意的に還元されうる写真の二次元性、現実の場所・物理的コンテクストに根差しつつもそこから分離・切断される矛盾、といった写真がはらむ複数の性質を照射する、 写真についてのメタ的な考察でもある。
こうした髙橋の実践はまた、「震災資料のアーカイブ」をどう活用するか、という倫理的/創造的な問題も含む。通常は、美術作品(の素材)としては見なされない「震災資料」を美術館という場に持ち込むことで、単に「防災」「記憶の継承」といった観点を超えて、どのような創造的作用をもたらすのか。髙橋の試みが成功したのは、今回用いられた「資料」が、公的な記録ではなく、アマチュアの人々が撮影した写真という私的・個人的かつ匿名的なものであったことも大きい。もちろん、震災の経験や記憶それ自体は軽視できないが、元の文脈やキャプション(撮影者の意図、撮影場所、保管されていたアルバムなど)から引き剥がし、「震災資料のアーカイブ」というメタな文脈からも切断し、「震災の記録」として一元化する眼差しを解除して眺めたとき、写真は、その「意味」を決定できない揺らぎや綻びを取り戻し、新たな生を獲得して別の光を放ち始めるのである。


《神戸市の路上─電線点検作業》2016年|カラー写真
※引用資料:人と防災未来センター蔵

2016/11/19(土)(高嶋慈)

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