artscapeレビュー

ヨーロッパの木の玩具(おもちゃ)──ドイツ・スイス、北欧を中心に

2017年08月01日号

会期:2017/05/22~2017/08/13

展覧会チラシの写真のいちばん手前に配されている木の玩具は、スイスの「キュボロ」。溝や穴を彫った立方体を組み合わせ、ビー玉を転がして遊ぶ。史上最年少プロ棋士 藤井聡太四段が子供の頃に遊んだと報道されたことで、一躍有名になった。この玩具の輸入を手がけているのが、株式会社アトリエ ニキティキで、本展は同社の協力の下、目黒区美術館と同社のコレクションを中心に、ドイツ、スイス、北欧の木の玩具を紹介する展覧会だ。目黒区美術館は開館前からニキティキを通じてネフ社(スイス)の製品を中心とする玩具を収集してきたという。ニキティキと協同した玩具の展覧会は3回目。それ以外にも「トイの日」などのプログラムでこれらの玩具が使用されてきた。筆者もワークショップに参加したことがあるが、(高価なこともあって)個人ではそうそう触れることができない大量の積み木で遊ぶことができるイベントは、子供ばかりではなく大人たちも夢中にさせる。


左:会場風景
右:クリスチャン・ベルナー ライフェンドレーエン工房(ドイツ・ザイフェン)の工程見本

展示は大きく二つのパートで構成されている。ひとつは「手で遊び、考える玩具」。積み木やパズル、がらがら、おしゃぶりが並ぶ。キュボロへの注目が物語っているように、これらのにはいわゆる「知育玩具」という側面がある。そのことを印象づける展示品が、ドイツの教育学者フリードリヒ・フレーベル(1782-1852)が考案した「恩物(おんぶつ)」だ。毛糸や木でつくられた教育玩具で、ドイツ語でGabe、英語でGiftと呼ばれていたものが日本に紹介されたときに「恩物」と訳された。本展には、近代的な幼児教育を行った東京女子師範学校(現 お茶の水女子大学)附属幼稚園で使用された「恩物」が出品されている。
もうひとつの展示は「手仕事を愉しむ、伝統的な玩具」。ここではくるみ割り人形や煙出し人形などの人形や置物などの木工玩具が紹介されている。これらの生産の中心地は、ドイツのエルツ山地、ザイフェン。チェコとの国境地帯にあるこの地方では、かつて鉱山業の副業として木工轆轤で木の皿やボタンが作られていたが、18世紀中頃の鉱山の衰退にともなって玩具製造が盛んになっていったという。製品はクリスマス用の装飾品、キャンドルスタンド、ミニチュアの動物たちなど。ここでは木工轆轤を用いた技術の解説が興味深い。丸太を輪切りにして轆轤(旋盤)にかけ、断面が動物の形になるように木を削っていく。輪っか状になった木を一定の厚みで縦にカットしていくと、動物の原型ができる。これをさらに細工、塗装する。量産ではあるが仕上げは手作業なので、型で抜くプラスチック製品とは違って一つひとつに異なる味わいがある。このほか、展示室には木の玩具、パズルで遊べるコーナーが設けられている。
展覧会全体を見て「玩具とは誰のものなのか」という疑問を抱いた。想起したのは、アリエス『〈子供〉の誕生』である。大人とは異なる「子供」という概念が生まれる以前に、子供のための商品としての玩具はありえたのだろうか。フレーベル、あるいはザイフェンの木工玩具の登場の時期を見ると、それは「子供の誕生」と一致するように見える。(ただし、ザイフェンの木工製品は、玩具というより置物、飾り物の趣であり、作り手側に、買い手、使い手として「子供」がどれほど意識されていたのだろうか)。他方で、けっして安価ではない木の玩具を子供に与えるという行為の決定権は大人にあり、それは大人の子供観、教育観を直接的に反映している。またこれらの木の玩具は、大人が遊んでも楽しく、また飾っておいても美しいものばかりだ。それは日本のブリキやプラスチックの玩具とはまた違ったかたちで社会を反映しているに違いない。[新川徳彦]

2017/07/07(金)(SYNK)

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