artscapeレビュー

菅原直樹「老いと演劇のワークショップ」

2017年08月01日号

会期:2017/07/09

京都造形芸術大学[京都府]

驚いたのは、演劇論(芸術性)とコミュニケーション論(社会性)が緩やかに連続していることだった。「演劇は社会の役に立つ」とはよく聞く言葉だが、こんなにはっきりとそうである方法論は珍しい。現役の介護福祉士で、平田オリザに薫陶を受けた演劇家でもある菅原直樹は「老いと演劇のワークショップ」を実施している。それは健常者が老いや認知症の理解を進めることを主たる目的としている。一例を挙げると、認知症の人が会話のグループに一人いる状態でその人を無視したならば、あるいは積極的に会話の輪に招くならば、その認知症の人はどんな気持ちになるのかを知るためのレッスンである。菅原はそれ観察する方法として、「人のテーマで会話しているなかに、漫画や戯曲のセリフしか言えない人がもし入ったら」といったインストラクションを編み出した。このとき「演じる」ことは、演技術の向上を目指すものではなく、対話を実践し、その対話で起きたことを反省するための機会として設えられている。つまりそれは、うまく「認知症患者」を演じられた、うまく「介護者」を演じられたということがゴールではなく、関係の機微を感じるところに目的がある。だからこれは演劇を借りたコミュニケーション向上プログラムだ、と言いたくもなるが、いや、そもそもよい劇とは、見事に認知症が演じられることよりも、関係の機微を観客に伝える劇を指すのである。ならば、これは正真正銘の演劇理論であり、同時にコミュニケーションの理論でもあるというわけで、両者がイコールになるような仕組みを発明したことを、何より菅原の偉大な功績と見るべきだろう。一般の参加者が鑑賞とは別の仕方で芸術に触れる「ワークショップ」という場において、社会の内に芸術的方法が力を発揮する体験を菅原はシンプルなインストラクションに結晶させることに成功したわけだ。実際、そのインストラクションが遂行されると、案外別のフィクションが発生してしまうのも楽しい。狙った「認知症の人と介助者」との対話というよりは、そのまま「漫画のセリフで会話する人」との会話としてその場が立ち上がってしまう。それでも、そんな奇妙な空間で、会話に加えてもらえない疎外感や逆に場にそぐわないひと言を受け取られてしまい、戸惑いなどが出現し、それについての丁寧な振り返りがなされる。そんなフィクションへのスライドもこのワークショップの魅力の一つだろう。


ワークショップ風景
撮影:BONUS

BONUS「未来のワークショップを創作する」ための研究会:http://www.bonus.dance/creation/46/

2017/07/09(火)(木村覚)

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