2017年08月01日号
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artscapeレビュー

猪井貴志「鉄景漁師」

2017年08月01日号

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会期:2017/06/22~2017/08/08

キヤノンギャラリーS[東京都]

鉄道写真というジャンルはとても人気が高く、専門の雑誌があるし、日本鉄道写真作家協会(JRPS)という団体もある。だが、写真表現全般のなかで論じるのは逆にむずかしい。被写体そのものがかなり特殊なのと、独特の美意識や撮り方のルールがあるからだ。だが、今回キヤノンギャラリーSで開催された猪井貴志(現・JRPS会長)の展示を見て、鉄道写真には「風景写真」としての魅力が確実に備わっていると感じた。むしろ「鉄道」という被写体にあまりとらわれることなく、「電車が写っている風景写真」として、素直に楽しめばいいのではないだろうか。
猪井貴志は1947年、神奈川県生まれ。盟友の真島満秀とともに、国鉄時代から鉄道写真のパイオニアの一人として活動してきた。彼の写真の見所は、何といっても「風景とそこを走る列車との競演」にある。場所と時間、季節の選び方が絶妙で、これしかないというポイントでシャッターを切っていることが、どの写真を見てもしっかりと伝わってくる。桜、菜の花、海、森、雪など、季節の移り変わりとともに姿を変えていく日本の風景の繊細な美しさが、電車という鉄の塊を配することで、より引き立って見えてくるのは、考えてみれば不思議なことだ。長年の経験の積み重ねによって、ここぞというタイミングをつかみ取る能力に磨きをかけてきたということだろう。
その意味では、まさに「鉄景漁師」というタイトルがうまくはまっている。鉄道写真を漁師の魚釣りに例えると、そのむずかしさも面白さも、よくわかる気がしてくる。釣りでも鉄道写真でも、潮目や天候を見極める目が大事なのだが、いくら準備に準備を重ねても、運を天に任せなければならないこともよくある。そして、すべてがうまくいって「最高の一枚が撮れたときは、嬉しくて嬉しくて、本当に酒がうまい」。会場に掲げられたこの猪井のコメントに、大きくうなずく人も多いのではないだろうか。

2017/07/11(火)(飯沢耕太郎)

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