artscapeレビュー

奇跡のクラーク・コレクション

2013年05月01日号

会期:2013/02/09~2013/05/26

三菱一号館美術館[東京都]

クラーク美術館の所蔵作品から、印象派を中心とするフランス絵画を紹介する展覧会である。ルノワール22点、コロー、ミレー、マネ、ピサロ、モネなど、合計73点で、そのうち59点が初来日だという。
 アメリカ、マサチューセッツ州ウィリアムズタウンに1955年に開館したクラーク美術館(Sterling and Francine Clark Art Institute、通称The Clark)では2010年から増改築工事(安藤忠雄設計)が行なわれており、2011年からコレクションの海外巡回展が始まった。そのコレクションはこれまでまとまったかたちで海外で展示されることはなかったといい、コレクションの質の高さと合わせてタイトルに「奇跡の」と冠されている所以である。
 コレクションの主は、スターリング・クラーク(1877-1956)。スターリングの祖父エドワード・クラーク(1811-1882)は、法律を専門とする弁護士であった。19世紀半ばにミシン製造の特許紛争に関連して、アイザック・メリット・シンガーの法律顧問となったエドワードは、1851年にシンガーとともにI・M・シンガー社の共同創立者となった。I・M・シンガー社は優れた経営でたちまち世界最大のミシン・メーカーになったが、エドワードは家庭用ミシンに月賦販売を導入するなど、マーケティング面でその発展に大きく寄与した。また、1870年代からは息子のアルフレッドとともに盛んに不動産投資を行ない、マンハッタンにもたくさんの土地と建物を所有していた。ジョン・レノンが住んでいたThe Dakotaもそのひとつである。エドワードの4人の孫がその遺産を受け継いでおり、次男であるスターリングのほか、四男スティーヴン(1882-1960)も絵画蒐集家として知られている。
 1910年にパリに渡ったスターリングは、舞台女優フランシーヌ・クラリー(1876-1960)と恋に落ち、そのころからアパルトマンを飾るためにふたりで絵画の蒐集を開始したという。ふたりが結婚したのは、第一次世界大戦直後の1919年。彼らの蒐集品は、ルネサンス期のオールドマスター作品から近代までのヨーロッパ絵画。陶磁器、銀器、素描、彫刻など多岐にわたり、第二次大戦直後にはその数は500点に上った。最初に購入したルノワール作品は《かぎ針編みをする少女》(1875年頃、1916年購入)である。クラーク家がミシンで財をなしたことと、フランシーヌの母親がお針子であったことは、この絵の選択に影響したであろうか。彼らはその後30点に上るルノワール作品を購入している。第二次世界大戦前から美術館の設立を構想していたクラーク夫妻は、戦後その場所をウィリアムズタウンに決め、2年の歳月をかけて1955年に美術館が開館した。専門家・批評家の意見は参考にせず、自らの趣味、鑑識眼に従って選んだという作品の数々は、ふたりの邸宅を飾るに相応しく、明るく華やかな作品が多く、何よりも見る者を幸せな気持ちにさせてくれる。[新川徳彦]

2013/04/16(火)(SYNK)

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