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artscapeレビュー

アニメーション美術監督 小林七郎 展 空気を描く美術

2013年05月01日号

会期:2012/12/19~2013/04/14

杉並アニメーションミュージアム[東京都]

アニメーション美術監督の小林七郎の展覧会。『ガンバの冒険』や『ルパン三世カリオストロの城』、『あしたのジョー2』などで知られる日本随一の美術監督で、鬼才・出﨑統と組みながら数々の名作を制作するとともに、男鹿和雄や小倉宏昌、大野広司といった後進の美術監督を育成した。現在は、自身が代表を務めた小林プロダクションを解散し、画家として制作活動に勤しんでいる。
本展は、アニメーション美術監督としての小林の仕事の全貌に迫る好企画。『ガンバの冒険』や『あしたのジョー2』、『少女革命ウテナ』などの背景画をはじめ、数々のスケッチ、そして実際のアニメーション映像が展示された。幻想的な城塞がひときわ印象的な『カリオストロの城』が展示に含まれていなかったのが残念だったが、それでも小林の筆力を存分に堪能できる展示になっていた。
なかでも本展の白眉と言えるのが、映像絵本として見せられた《赤いろうそくと人魚》である。童話作家の小川未明が1921年に発表した童話をもとに小林が新たに描き下ろしたアニメーションで、老夫婦のもとで育てられた人魚の娘の成長を描く悲劇だ。人間社会に希望を見出した母によって老夫婦に預けられたにもかかわらず、当の老夫婦によって裏切られる娘の心情が痛いほど伝わってくる。それは、ひとえにそのような悲劇を物語るに足る一貫して重厚な作画と、悲劇をよりいっそう効果的に物語る演出に由来するのだろう。
通常、アニメーションにおいてはキャラクターの絵柄と背景のそれは異なっていることが多い。前者が明るく平坦に描かれる反面、後者は筆跡を残した絵としてそれぞれ分離されて描写されるのだ。だが、小林による《赤いろうそくと人魚》では、そうした主従関係が相対化され、背景を描くタッチで登場人物も描写しているのである。従属的な立場に甘んじていた背景画が、前面にせり出し、ついに登場人物のシルエットを呑み込んでしまった。思わずそのように形容したくなるほど、物語は統一的に描写されているのだ。これは美術監督の逆襲なのだろうか。いや、むしろ「絵が動く」というアニメーションの原点に立ち返ったということなのかもしれない。
演出に関しては、象徴的なシーンがある。ある晩、老夫婦の家を訪ねてきた人物が戸を叩き、老夫婦はそれを戸内から見やるというシーンで、小林は暗闇の中で縦方向に走る光の筋を、戸を叩く効果音とともに二度描くだけで、それを表現した。一抹の不安に怯える老夫婦の心情に思わず共感を寄せてしまう。戸外の人物が描かれているわけではないが、それが老夫婦によって香具師に売り飛ばされた娘であることは想像に難くない。けれども、あえて光と闇に極端に抽象化して描写することによって、娘と老夫婦とのあいだの、もはや埋め合わせようのない決定的な隔たりを表現したのである。
小林の作画と演出には、アニメーションの本質というより、むしろ絵を描き、それを他者に伝えるという芸の真髄が隠されているのではないだろうか。

2013/04/09(火)(福住廉)

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