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11ぴきのねこと馬場のぼるの世界展

2013年09月01日号

会期:2013/07/13~2013/09/01

うらわ美術館[埼玉県]

日本の絵本の歴史の中心には、戦前からの童画家・挿画家の系譜に連なる作家たちがある。しかし戦後1960年代になると、やや毛色の違う作家たちが絵本の世界に現われる。やなせたかしや長新太、そして本展で取り上げられている馬場のぼる(1927-2001)といった、漫画家たちである。本展を企画した滝口明子・うらわ美術館学芸員によると、漫画家が絵本を手がける例は世界的に見ると珍しいことなのだという。漫画家出身の絵本作家の研究はまだ進んでおらず、その理由は明確ではないとのことであるが、出版社や編集者──馬場の場合はこぐま社の佐藤英和──のはたしてきた役割は非常に大きいようだ。絵本を手がけたことについて馬場自身は「漫画家になってすぐの頃から、いつか絵本を描いてみたいと思っていました。でも、当時は絵本がまじめ一本の路線を走っていて、とても漫画家なんぞがやる仕事という雰囲気ではなかったです」と述べている★1。他方でこぐま社の佐藤英和(現・相談役)は、こぐま社創立(1966年)のころ日本の作家による創作絵本をつくろうと考えていたものの、当時の日本では翻訳絵本が中心で、物語と絵の両方を手がけることができる絵本作家はほとんどいなかったために、それができる漫画家たちに声をかけたと述べている。そのなかのひとりが馬場のぼるであった★2。作家と編集者の幸せな出会いが、絵本作家・馬場のぼると、シリーズ累計388万部(2009年)という絵本『11ぴきのねこ』を生み出したことになる。
 展覧会は5章で構成されている。主題は絵本作家としての馬場のぼるであるが、第1章で幼少期のスケッチ、第2章で漫画家としての作品に遡ってその仕事をたどる。第3章「絵本の世界へ」では『きつね森の山男』や『くまのまあすけ』、『アリババと40人の盗賊』などの絵本。第4章が『11ぴきのねこ』シリーズの絵本とスケッチ、色指定などの資料。このシリーズはリトグラフ方式でつくられていて、いわゆる原画はない。会場では版ごとに色面を分けてプリントしたフィルムで、この印刷のしくみを説明している。第5章は遺作となった『ぶどう畑のアオさん』。会場壁面に展示された原画を見て、各所に用意された絵本を読み、ふたたび原画をみる。馬場のぼるの作品には、漫画でも絵本でも、絶対的なヒーローも絶対的な悪党も登場しない。人(あるいは動物)のふるまいにはつねになんらかの理由がある。だから、主人公にとって都合の良いことはしばしば相手にとっては不都合であり、主人公の不幸は相手にとっては幸せであったりもする。馬場の作品にはつねに両方の視点が描かれ、一方的な勧善懲悪には陥らない。『11ぴきのねこ』第1作に登場する怪魚の悲劇。『11ぴきのねことぶた』で、ねこたちのわがままに翻弄されるぶたと、ねこたちの結末。それは諦観ではない。展覧会のサブタイトルにあるとおり、「いろんなのがいて、だから面白い」のだ。こどもだけではなく、大人にとっても楽しめ、そして考えさせられる展覧会であった。[新川徳彦]

★1──『馬場のぼる展──「11ぴきのねこ」がやって来る ニャゴ!ニャゴ!ニャゴ!』(青森県立美術館、2009)、9頁。
★2──『しろくまちゃんのほっとけーき』40周年記念こぐま社相談役 佐藤英和さんインタビュー(3/3)(絵本ナビ) http://www.ehonnavi.net/specialcontents/contents.asp?id=38&pg=3


2013/08/08(土)(SYNK)

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