artscapeレビュー
「ウルの牡山羊」シガリット・ランダウ展
2013年09月01日号
会期:2013/05/17~2013/08/18
メゾンエルメス8階フォーラム[東京都]
イスラエルのアーティスト、シガリット・ランダウの個展。「ヨコハマ・トリエンナーレ2011」で発表した、死海に浮かぶ螺旋状の西瓜を主題とした詩情性の高い映像作品が記憶に新しい。けれども、今回展示された《Out in the Thicket 茂みの中へ》を見て、彼女の作品が詩情性だけにとどまらない拡がりを持ちえていることを知った。
4つのプロジェクターに映し出されていたのは、それぞれ異なるオリーブの木。青々と葉が生い茂った一本の樹に、1台の収穫機がゆっくりと接近する。巨大なアームで樹木を挟み込むと、強烈なバイブレーションを始動、するとオリーブの実が次から次へと雨のように落ちてくるという仕掛けだ。なんのことはない、じっさいのオリーブの実の収穫を映した映像なのだが、バイブレーションの音を劇的に増幅しているせいか、それとも震動に揺れる木々があの震災を連想させるからなのか、記録映像以上の何かを感じさせているのだ。
静かに忍び寄り、不意に強力な震動を加えるという点では、パレスティナの土地を奪い取ったイスラエルの暗い歴史を読み取ることもできるだろう。だが、映像を見ていて心に焼きつけられるのは、衝撃的な震動の大きさというより、むしろその耐え難いほどの長さである。地震であれば、ある程度の時間が経てば、おのずと収まる。土地をめぐる戦争であれば、連続的というより断続的だろう。ランダウの映像は、しかし、暴力的な震動が、ただただ、果てしなく続く。終着点をまったく見通すことができないほど、あるいは実を落とすという目的を突き抜けて樹木自体を破壊してしまいかねないほど、激しい震動が一定の水準を保ちながら延々と続くのだ。
しかし不思議なのは、その非日常的な時間にしばらく身を委ねていると、恐怖や不安の向こう側で、ある種の哄笑を経験できることだ。尋常ではないほどの震動と音を体感しているうちに、どういうわけか腹の底から笑えてくるのだ。むろん、それは笑いを求めてくるお笑い芸人の芸に否応なく応じる類の笑いではない。なんというか、身体が震動のリズムに呼応し、共鳴し、共振した結果、自己の意志とはまったく無関係に、底知れぬ哄笑を生み出したと言えばよいのだろうか。ほんとうに恐ろしいのは、この笑いである。
2013/07/31(水)(福住廉)