2021年12月01日号
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artscapeレビュー

風立ちぬ

2013年09月01日号

会期:2013/07/20

スカラ座[東京都]

宮崎駿の新作をアニメーションの映像表現という観点から見た。
むろん宮崎アニメならではの魅力はある。十八番とも言える大空を舞う航空機の飛翔はきちんと押さえられているし、口から吐き出される紫煙や回転するプロペラが生み出す気流をさすがに巧みに描いている。航空機の機体を奇妙に柔らかい質感で表現するやり方も、それが夢中の世界であることを効果的に物語っていた。
ただ、そうした表現手法は、基本的にはこれまでの宮崎アニメを踏襲したものである。関東大震災における群衆の表現はたしかに緻密ではあったが、地震そのものの表現は中庸というほかない。とくに斬新で刮目するような映像表現は見られなかった。
成熟期に入ったアニメーションには、これ以上発展する余地が残されていないのだろうか。仮にあるとしても、それを商業アニメの巨匠に求めるのは筋違いなのだろうか。けれども、宮崎駿こそ、アニメーションの前線を切り開いてきた当事者だったはずだ。物語を視覚化するセンスと技術を、いま以上に、より大胆に、掘り返してほしい。それこそ「生きる」ことであり、それを諦めることを「老い」というのではなかったか。
映画の本編が始まる前に上映された高畑勲の新作「かぐや姫の物語」の予告編は、私たちの脳裏に鮮烈なイメージと強力なインパクトを刻んだ。着物を振りほどきながら野山を疾走するかぐや姫を、おそらく粗い鉛筆で描いているからだろう、私たちの眼球を切り裂くほどのスピード感と暴力性が凄まじい。これこそアニメーションならではの映像表現である。

2013/08/09(金)(福住廉)

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