artscapeレビュー

門井幸子「春 その春」

2014年07月15日号

会期:2014/05/26~2014/06/08

ギャラリー蒼穹舍[東京都]

門井幸子のような写真家の作品について、うまく伝えるのはむずかしい。被写体になっているのは、ありふれているとしかいいようのない風景であり、撮影の仕方にも特に構えた所はない。それらを隅々までしっかりと気を配ったモノクロームプリントに丁寧に焼き付けて展示する。だが、今回東京・新宿のギャラリー蒼穹舍で展示された「春 その春」のシリーズを見ると、その「何でもない」写真たちが、じわじわと不思議な力で食い込んでくるような気がする。その理由を説明するのがなかなかむずかしいのだ。
彼女の写真集『KADOI SACHIKO PHOTOGRAPHS 2003-2008』(蒼穹舍、2008年)のあとがきにあたる文章に、次のように記されているのを見つけて「なるほど」と思った。
「撮り終えたあともしばらくたたずみ、その風景を見つめながら、消え去ること、そして生き続けることを思う」
誰しも「風景」を前にして、生と死について深い思いに沈むことがあるのではないだろうか。実は写真家は撮ることに集中しているので、そのような沈思黙考の時を過ごすことはあまりない。だが門井の「何でもない」写真群は、それぞれ「撮り終えたあと」の放心と思い入れの時間をたっぷりと含み込んで成立しているように見える。そしてわれわれ観客もまた、2011~14年に北海道、根室半島の早春の時期を撮影した写真を目にした後で、「春 その春」という感慨とともに、緩やかに過ぎていくその時間の厚みを追体験することになるのである。

2014/06/03(火)(飯沢耕太郎)

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