artscapeレビュー

「バルテュス 最後の写真─密室の対話」展

2014年07月15日号

会期:2014/06/07~2014/09/07

三菱一号館美術館(歴史資料室)[東京都]

東京都美術館で開催された「バルテュス展」(4月19日~6月22日、7月5日~9月7日に京都市美術館に巡回)にあわせて、とても興味深い写真展が開催された。「20世紀最後の巨匠」バルテュス(1908~2001)は、1992年~2000年にかけて、アトリエのあるスイス・ロシニエールのグラン・シャレーの一室で、アンナ・ワーリという少女をモデルに油彩画を描いていた。彼は繰り返し綿密なデッサンを描いてから本格的に制作に取りかかるのだが、この頃になると指先のコントロールがむずかしくなってくる。そこで、鉛筆でのデッサンの代わりに用いるようになったのが、カラー・ポラロイド写真であり、8年間に約2000枚が撮影されたという。そのうち約170枚を選んで、「バルテュス創作の秘密」を解きあかそうとしたのが本展である。
バルテュスはソファに横たわる少女のポーズを微妙に変えながら、光線を吟味しつつ、何枚も続けてシャッターを切っている。それはむろん、絵画作品の下絵として使用するためなのだが、写真を見ていると、単純にそうともいい切れないのではないかと思えてきた。つまり、撮影を続けているうちに、彼はポラロイド写真というメディウムの不思議な魅力に、次第に絡めとられていったのではないだろうか。ポラロイド独特のぬめりを帯びたテクスチュア、ほのかな光の中に震えるようにして出現する少女の裸体の官能性、8歳の少女が大人の女性へと変容していくプロセスを記録していくことの面白さ、それらをバルテュスは歓びとともに受け入れ、撮影の行為にのめり込んでいったのではないかと想像できるのだ。
残念なことに、彼の写真の仕事は最晩年の時期に集中している。もう少し時間があれば、「写真家・バルテュス」のさらなる飛躍を見ることができたかもしれない。

2014/06/20(金)(飯沢耕太郎)

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