artscapeレビュー

荒木経惟「左眼ノ恋」

2014年07月15日号

会期:2014/05/25~2014/06/21

Taka Ishii Gallery[東京都]

一時、体調が悪くなり、作家活動が続けられるかどうか危ぶまれた荒木経惟だが、予想していた通りしぶとく復活してきた。74歳の誕生日にスタートした今回の「左眼ノ恋」展でも、さまざまな工夫を凝らして健在ぶりを強く印象づけている。
「左眼ノ恋」の英語タイトルは「Love on the Left Eye」。これはむろん、オランダのエド・ファン・デル・エルスケンの名作写真集『Love on the Left Bank(セーヌ左岸の恋)』(1956年)のもじりである。荒木は昨年10月に、網膜中心動脈閉塞症という病で右眼の視力を失った。そんな非常事態すらも、作家活動に取り込んでしまうのが荒木の真骨頂で、今回の作品ではカラーフィルムの右半分を黒マジックで塗りつぶして、「左眼ノ恋」と洒落のめして見せたのだ。本来はおさまりのいい構図だったはずの「恋人(こいじん)」のKaoriのヌードや街の情景、カメラを構えるセルフポートレートなどが、黒のパートに侵食されることで、不安定な揺らぎを抱え込むことになる。さらに黒塗りの一部にひび割れが生じたり、塗り残されていたりして、画像の一部がちらちらと見える。想像力を喚起するそのあたりの効果も計算済みということだろう。
今年は豊田市美術館の「往生写集──顔・空景・道」をはじめとして、国内外の数カ所で新作の展示が予定されている。いかにも荒木らしい実験意欲が、まったく衰えていないことがよくわかった。

2014/06/07(土)(飯沢耕太郎)

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