artscapeレビュー

北井一夫「流れ雲旅」

2016年07月15日号

会期:2016/05/28~2016/06/08

ビリケンギャラリー[東京都]

北井一夫は1970年に『アサヒグラフ』に連載された「流れ雲旅」の写真撮影のために、漫画家のつげ義春に同行して下北半島、東北の湯治場(福島、秋田、山形、岩手)、国東半島、福岡県篠栗などを旅した。この連載は『つげ義春 流れ雲旅』(朝日ソノラマ、1971)として単行本化されているのだが、今回、北井の個人写真集としてワイズ出版から出版されることになった。本展では、それにあわせて印刷用にプリントされた北井の写真を展示している。
それらを見ていると、1960年代から70年代初頭にかけて『ガロ』に掲載されたつげ義春の「旅もの」の漫画が、同時代の表現者たちに共感を持って迎えられ、強い影響を及ぼしていったことがよくわかる。北井が写真集のあとがきとして書いた文章によれば、「その頃の私は、つげさんのマンガとそっくり同じような写真を撮っていた。つまり私の写真の被写体になった人たちは、いつも決まってカメラに向かって凝視しているという写真だった」ということだ。知らず知らずのうちに、個人的な「関係性」を起点とするような漫画が描かれ、写真が撮影されていく。高度経済成長下に解体していったムラの共同体のあり方を、ある種のノスタルジアを込めてふり返るような気分が、若い表現者たちに共有されていたということだろう。北井はやがて、1975年に第一回木村伊兵衛写真賞を受賞する「村へ」のシリーズを撮り進めていくのだが、まさにその起点というべき写真撮影のスタイルが、この時点ではっきりと芽生え始めていたことが分かる。
つげ義春の「旅もの」に共振する感性は北井一夫に留まらず、より若い世代にも引き継がれていった。猪瀬光が写真を撮り始めたきっかけが、つげの漫画だったという話を聞いたことがある。さらにその影響力は、尾仲浩二や本山周平や村上仁一にまで及んでいそうだ。そのあたりの系譜を辿ってみるのも面白そうだ。

2016/06/04(土)(飯沢耕太郎)

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