2019年09月15日号
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artscapeレビュー

2014年05月01日号のレビュー/プレビュー

超絶技巧!明治工芸の粋──村田コレクション一挙公開

会期:2014/04/19~2014/07/13

三井記念美術館[東京都]

清水三年坂美術館館長・村田理如氏が四半世紀にわたって蒐集してきた1万点に及ぶ明治工芸から、山下裕二・明治学院大学教授の監修のもと、選りすぐりの約160点を展観する企画。蒐集のジャンルは、並河靖之らの七宝、正阿弥勝義らの金工、柴田是真らの漆工、旭玉山・安藤緑山らの牙彫、薩摩焼、刀装具、自在置物、印籠、そして最近入手し日本では初公開となるという刺繍絵画と、多岐にわたる。出品作はいずれも超絶的な技巧で細工、装飾が施されている。技術だけではない。正阿弥勝義の鳥や虫をモチーフにした金工、安藤緑山による本物と見まごうばかりの野菜や果物の牙彫からは、彼らがとても優れた観察力の持ち主であったことがうかがわれる。明治初期にこのように優れた工芸品が現われたのはなぜなのか。技術という点では、大名や武士などの庇護を失った職人たちが腕ひとつで生計を立てなければならなくなったことが挙げられる。そして国内の主要な顧客が失われたものの、明治政府の殖産興業政策によって優れた工芸品は海外の博覧会に出品されて賞を受けるなど、新たな市場と評価のしくみが拓かれたことが職人たちを刺激したのである。このように優れた品がつくられていたにもかかわらず、明治工芸がこれまであまり注目されてこなかったのは、そのほとんどが輸出品で国内に作品が残っておらず、また明治の終わりには工芸品輸出が衰退するとともに技術が失われてしまったからである。近年になってようやく国内蒐集家たちによって「里帰り」した作品を目にする機会が増えてきた。そうした品々のなかでも、村田コレクションは優品中の優品ばかりなのである。翻ってみるに、優品の背後には多数の凡作があった。超絶的な技巧の作品が生まれる一方で、同時代には粗製濫造が問題となっていた。優れた作品をつくりえたのは一部の工芸家たちのみで、それが産業になることはほとんどなかったし、もとよりそれは日本の近代化、工業化の展開とは相容れない技術であった。優れた作品は称揚されるべきだが、歴史を見るうえでは輸出工芸衰退の背景にも目を配る必要があろう。[新川徳彦]

関連レビュー

華麗なる日本の輸出工芸──世界を驚かせた精美の技:artscapeレビュー|SYNK・新川徳彦

2014/04/18(金)(SYNK)

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Future Beauty 日本ファッション:不連続の連続

会期:2014/03/21~2014/05/11

京都国立近代美術館[京都府]

ロンドンをかわきりに2010年から世界各都市を巡回してきた「Future Beauty」展が、このたび京都でお披露目の運びとなった。国内では、2012年の東京での「Future Beauty 日本ファッションの未来性」展に次ぐ、二度目の開催となる。本展では副題が「不連続の連続」へと変更されていることからもわかるように、「日本ファッションが受け継ぐ文化性へと視点を移し」て東京展とは構成が一部改められている。
4部構成からなる本展のなかで、開催地、京都にもっとも関わりが深いのは第3部「伝統と革新」である。染織作家・福村健による繊細な辻が花染め、西陣織の箔匠・新庄英生による緻密な螺鈿入りの引箔、西陣織の老舗、細尾による複雑な錦織など、京都の伝統的な染織技術をいかしたファッションには、それらの技術が当代に着実に受け継がれているという確かな手ごたえを感じる。展示された衣服は、作品ではあるが同時に製品であり商品でもある。人が手にとって、購入して、着用するという完成後のプロセスから遠く離れてしまうことなく、それでいて充分に存在を主張している。その力は、物語を衣服というモノの外に求めるのではなく、工芸的な技術を用いることで、モノそれ自体の内に込めてゆくことに由来するように思う。
1989年開催の「華麗な革命──ロココと新古典の衣裳」展から5年に一度のペースで開催されてきた、京都服飾文化研究財団主催の展覧会も本展で第6段になる。ファッションを取り巻く状況がめまぐるしく変化するなか、それでも回を重ねるごとに高まる周囲の期待に応え続けようという主催の意志を感じる展覧会だった。[平光睦子]

2014/04/19(土)(SYNK)

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プレビュー:ノスタルジー&ファンタジー 現代美術の想像力とその源泉

会期:2014/05/27~2014/09/15

国立国際美術館[大阪府]

故郷や古い友人、子ども時代の思い出など、ノスタルジー(郷愁)を創造の源泉にして、想像力の世界(ファンタジー)をつくり出す現代美術作家たちを紹介する。出品作家は、橋爪彩、横尾忠則、柄澤齊、淀川テクニック、須藤由希子、小橋陽介ら日本人作家10組。現代美術は未知の領域を開拓する表現とも言えるが、その背景に過去を志向するノスタルジーがあることが興味深い。後ろ向きで前に進むような彼らの表現に、何がしかの共通項があるのかを見極めたい。

写真:橋爪彩《Chloris》 2011年 個人蔵
courtesy of Imura art gallery 撮影:加藤健

2014/04/20(日)(小吹隆文)

鈴木紀慶+今村創平『日本インテリアデザイン史』

発行所:オーム社
発行日:2013年11月
価格:3,300円(税別)


日本の「インテリアデザイン」がどのような土壌から生まれ出て発展していったのかという歴史を綴った、いままでにない書。欧米の文化が日本へ流入してきた「黎明期」の大正時代より、「開花期」の戦後から90年代までを扱う。この場合、「インテリア」は「室内空間」と換言できる。それなら「インテリアデザイン」とはなにか。本書によれば、1960年代初頭に発刊された『インテリア』誌上に掲載された記事をきっかけに「インテリア論争」──インテリアデザイナーとインテリアデコレーター(室内装飾家)は同じものなのかという問い──が起こったという。つまり「インテリアデザイン」という概念と、「インテリアデザイナー」という職能が確立へ向かうのは、60年代以降のことになる。60年代は、現代美術が「空間」や「環境」を対象にし始めて、新領域としての「インテリアデザイン」の空間表現に影響を与えた時期でもあった。そのようななかで「商業空間だってインテリアだ」と述べた倉俣史朗の仕事は、それまで想定されてこなかった対象の領域を拡張した点と、インテリアデザインの定着を──「アート」との協働をしながら──うながした点において注目される。だから、読者が読んで興味深く感じるのは、彼の登場以降の「開花期」だろう。最後には、監修者の内田繁とデザイナーの吉岡徳仁の特別対談があり、現代のインテリアデザイナーから見た課題・未来への展望などが生き生きと語られる。[竹内有子]

2014/04/20(日)(SYNK)

hyslom『Documentation of Hysteresis』

会期:2014/04/20

SNAC[東京都]

hyslom(ヒスロム)は、加藤至、星野文紀、吉田祐の三人組で、大阪の造成地に毎週通っては、その土地と自分たちとを接触させ、そのさまを4年以上にわたって映像に収めてきたという。今回のSNACでの上演は、前半部がその映像集の上映で、後半部は実際に彼らがその土地で行なっているようなことを実演した。前半部で上映された映像には、自然とも人工ともつかない、中途半端な状態でむき出しにされた土地の荒々しいパワーみたいなものが映っている。現在42才の筆者にとって、この光景は子どもの頃に親しんでいた田舎の空き地そのものだ。ベッドタウンと期待されて、山が削られていく。人間が暮らすのに都合の良い、平たい地面がつくられてはいるものの、通り抜ける風の強さとか、人目の届かない場所故の「しん」とした感じが、人工物ばかりの暮らしからは生まれてこないような妄想をかき立てる。そんなことがあったなと思い出す。そう、つまり、hyslomが空き地で続けているのは、ぼくが思うに、アートとか、パフォーマンスとか、ワークショップとか以前に、子どもの遊びみたいなことだ。例えば、造成された土地に残された複数の幹をのばした木に登り、3人がそれぞれ1本ずつ幹をもってぶつけ合ったり、その結果根元が割れ、割れたところから現われた虫の幼虫を観察したり、雨水が溜まった巨大な水たまりに裸で潜ってみたり、小さな円形の山をリングに見立てて頭突き合いの競争を始めたり、巨大なトンネルにかぶせられた巨大な幕に向かって石を投げつけてみたり。映像はすべてきわめて美しい。とはいえ、特別な被写体を映しているわけではない。自分の身体を被験体にして、その場のありさまを調査していると言えばそうだし、わざと危険なことして、乱暴を冒したが故に開けてくる光景をまさに子どもみたいにただただ楽しんでいるようにも見える。この作業から目立った何かが生まれてくるのかはよくわからない。けれども、彼らの活動は人間の思考を引っ掻き回し、生き生きとしたものに作り替える力に満ちているとも思う。思考の「土壌」を改良する営み、とでも言えばよいか。後半部で三人が登場して、重そうなドラム缶をゆっくりと三人がかりで舞台中央に移動させると、刺したパイプに何度も爆竹を投げ込んでいった。爆竹のデカい音が響く。悪ふざけのようで、でも、破裂音は美しくもある。パイプを抜き取り、倒すとドラム缶は蓋が取れ、大きな石と少量の水とが現われた。今度はドラム缶を右から左から転がした。三人の戯れが、じわじわと見ている自分の思考を揺さぶる。この揺さぶりに、hyslomと観客とがつくるユニークな関係性の核があるように思われた。


Documentation of Hysteresis - Trailer -

2014/04/20(日)(木村覚)

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