artscapeレビュー

2017年11月01日号のレビュー/プレビュー

クラクフ織物会館ほか

[ポーランド、クラクフ]

クラクフに到着すると、駅の横がショッピングモールになっているのはワルシャワと同じだが、中心部に残る古建築は復元でなく、本物のオリジナルが残った素晴らしい街並みだ。異なる歴史の層がアンサンブルをつくる広場のスケール感もよい。現在は乱造気味の世界遺産だが、1970年代にいち早く登録されたのもうなずける。広場の中心にある織物会館の1階は、みやげ物のお店が両側に一直線に並ぶアーケードである。その地下にある博物館は、近年の発掘成果を踏まえた、まさにこの場所の歴史を展示する施設になっており、デザインも力を入れた充実した内容だった。また3階は19世紀のポーランド絵を紹介する美術館だが、ここには展示していないダ・ヴィンチの「白貂を抱く貴婦人」の絵はがきや書籍がショップに大量にあるのはちょっとずるいと思う。

写真:1段目=クラクフ駅横のショッピングモール(左)クラクフの模型(右)、2段目=織物会館外観、3段目=織物会館1階アーケード(左)3階の美術館(右)、4段目=地下の博物館

2017/09/13(水)(五十嵐太郎)

クラクフ旧市街、新市街、クラクフ郊外通り

[ポーランド、クラクフ]

旧市街、新市街、クラクフ郊外通りを歩く。奇跡的に戦火を免れた建築もあるが、ほとんどが1950年代から復元された街並みである。空襲を受けた東京のような木造の都市が何もない焦土と化すのとは違い、組積の壁は残っていたが、とはいえ、これだけ広大な範囲でよく実現したと感心させられる。街並みを復元する際は、王宮に残されていたカナレットが描いた精密な都市風景画も役立ったらしい。現在、通りにはカナレットの複製画が設置され、現実の風景と比較できるようになっている。なお、ポーランドの古建築の意匠も興味深い。中世系のデザインはどこかかわいらしい。また古典主義系は、柱がやや太いのに、全体としては垂直に引きのばした感じで、妙なバランスである。これはイタリアの古典やフランスの教会を基準としたときの判断だが、中国と韓国を比較した場合、やはり同じ様式であっても、地域によるズレが起きるのは興味深い。旧市街広場に面するワルシャワ歴史博物館は、展示のリニューアル中であり、何々~を展示予定と書かれた札だけが立つ、空っぽの部屋だらけの不思議な体験だった。なお、これも復元した建築を数棟つないでつくられたため、迷宮レベルに複雑なリノベーションの空間をもつ。内部に入ると、さまざまな高さから広場を見ることもできる。

写真:左上から、復元された旧市街、破壊された広場模型、カナレットの風景画 右上から、古典主義建築、《ワルシャワ大劇場》、復元された新市街の広場、、クラクフ郊外通り

2017/09/13(水)(五十嵐太郎)

ワルシャワ蜂起博物館

[ポーランド、ワルシャワ]

ワルシャワ蜂起博物館は、ナチスに抵抗した市民が戦闘の結果、徹底的に叩きつぶされ、街が破壊された記憶を伝える。なお、戦後も共産主義のもと、この歴史は正当に評価されず、1989年以降の民主化を経て、ようやく機運が高まり、博物館が整備されることになった。ゆえに、執念を感じる展示である。また廃墟と化したワルシャワの状態を、CGによって復元し、3Dで見せる映像を見ると、広範囲にわたって破壊されたことがわかる。旧王宮の内部を見学すると、派手な部屋が続くが、すべて復元である。戦災で街並みの多くは壁だけは残っていたが、これは入念に破壊され、壁すらほとんど残らなかった。街のシンボル的な建築ゆえに、徹底的に狙われたのかもしれない。そして戦後に復元が決まるも、いったん中断し、市民の寄付や労働奉仕によって、1970年代に工事が完成した。なお、戦時中から美術史の研究者や建築家らが活躍し、絵画を避難させたり、王宮の復元にこぎつけた背景も、詳しく紹介されていた。

写真:上4枚=《ワルシャワ蜂起博物館》、3段目=旧王宮外観、4段目=復元された旧王宮内部、左下=破壊された王宮、右下=王宮復元の募金箱

2017/09/13(水)(五十嵐太郎)

アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所

[ポーランド、オシフィエンチム]

アウシュヴィッツの建築群はもともとポーランドの兵舎を転用したもので、更地に建設したビルケナウの床もないバラックに比べると、ちゃんとしている。ただ、28棟に最大2万人以上がいたという数字は、建築計画的に信じがたい密度であり、機能主義どころか、人をモノとして詰め込めば、なんとか可能なレベルだ。例えば、11号館の地下、直立房はひたすら立たせる懲罰牢で、90cm四方の空間である。1人を入れるのかと思いきや、調べるとここに4人を閉じ込め(確かにこれでは人間そのものが場所を埋め尽くし、物理的に座るスペースなどなくなる)、空気孔も小さく、立ったまま死んだらしい。想像を絶する空間の使い方である。アウシュヴィッツ強制収容所から2kmほど行くと、広大なビルケナウがあり(こちらはガイド形式の必要はなく、人数制限もない)、鉄道が死の門に引き込まれる有名な姿はここだ。証拠隠滅をはかって、ナチスがクレマトリウム(焼却炉)を爆破した廃墟のほか、見渡す限り、バラックや暖炉だけ残る廃墟が無数に並ぶ。一部はバラック内も見学できるが、基本は野外展示だ。

写真:上=ビルケナウ、3段目右=煙突だけが残る木造バラック、4段目右=破壊されたクレマトリウム

2017/09/14(木)(五十嵐太郎)

アウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館

[ポーランド、オシフィエンチム]

今回の重要な目的地であるアウシュヴィッツ博物館へ。クラクフからのバスががらがらで油断したら、すでに現地に大量の観光バスが並んでいた。また予約をちゃんとしていなかったのだが(時間ごとに人数制限がある)、英語ツアーの空きになんとか入れてもらい、無事に見ることができた。実際、アウシュヴィッツのエリアは小さいにもかかわらず、世界中から膨大な数の観光客が押し寄せるため、なるほど混み合う10時から16時はガイド形式でのみ見学可能にしないと、確実に現場はカオス状態になるだろう。ゆえに、途切れなく各国語のガイドツアーが数珠つなぎになって、各棟の部屋をまわり、狭い中廊下を団体がすれ違う。有名な頭髪のほか、靴、めがね、かばんなど、ユダヤ人が使っていた日用品をジャンル別に大量に並べて展示する形式は、いつ始まったのだろう。現代美術でもよく使うやり方だが、その不気味さの根源はここにあった。一方でアウシュヴィッツを見た後は、そうしたタイプのアート作品が皮相的に見えてしまうかもしれない。

写真:上3枚=ツアーで回るアウシュビッツ博物館、左下=犠牲者の靴、右下=薬品の缶

2017/09/14(木)(五十嵐太郎)

2017年11月01日号の
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