artscapeレビュー

2018年11月15日号のレビュー/プレビュー

マレーネ・モンテイロ・フレイタス『バッコスの信女―浄化へのプレリュード』

会期:2018/10/20~2018/10/21

ロームシアター京都 サウスホール[京都府]

ヴェネツィア・ビエンナーレ2018舞踊部門での銀獅子賞受賞など、世界的な注目を集めるマレーネ・モンテイロ・フレイタスがKYOTO EXPERIMENTに初登場。本作『バッコスの信女―浄化へのプレリュード』では、2時間以上にわたり、ナンセンスとキッチュの極みが身体運動と音響的現前として繰り広げられた。それは、オペラ歌曲やバレエ音楽の援用が示すように、ヨーロッパ文化が洗練を極めた果ての裏返しであり、軍隊的所作や医療を思わせる衣装と小道具が多用されているように、「規律化された狂気」とでも言うべき現代社会の歪んだカリカチュアである。

開演と同時に観客が会場に足を踏み入れると、既に幕は上がっており、客席の通路には4人のトランぺッターが軍隊のバンドのように行進している。舞台上にはランウェイのように黄色のカーペットが敷かれ、白い医療着のような衣装に身を包んだダンサーたちが、せわしない反復運動をゼンマイ仕掛けの人形のように繰り返している。彼らは個々に交渉を持つことはないが、何かの見えない意思によって制御され、全員が同じリズムに従事させられている。それはオーケストラを思わせるが、彼らの前に用意された「譜面台」は、子どもの無邪気な遊戯のようにひねくり回され、コンピュータのキーボードに、松葉杖に、開いた傘に、ライフル銃にと次々に変貌する。優雅なセレブも、松葉杖をつく男も、銃を構える兵士も、抗えない力に動かされ、目を剥き出して表情を引きつらせながら反復運動に従事し続ける。幼児的な退行性と病理的な暴力性がそこかしこで噴出する。

「音楽」は本作を牽引する大きな原動力だ。トランペット隊はブラスバンドのパレードのように身体運動を繰り出し、ダンサーたちもコーラスでそれに応答する。美しい声の唱和は、休憩を兼ねた(?)飲料水の摂取シーンの後、ガラガラといううがいの音で奏でられ、ダンサーたちはゲップや水を盛大に吐き出しながら不快音のコーラスに従事する。神経を逆なでするような舞台上の狂騒は、ラストで延々と流れる「ボレロ」のシーンで最高潮に達する。カスタネットを鳴らしながら、これでもかと腰を左右にくねらせる男性ダンサー。トランペット隊は、先端が赤く塗られた白い円錐形のオブジェをアイスのように舐め、マイクのように客席に突き出し、性器のように股間にあてがう。舞台中央では、ナンセンスな反復運動に従事していた女性ダンサーたちが振り向くと、白い医療着には血しぶきが飛び散り、赤く染まった指を絡めて口の前でヒラヒラさせる様は、剥きだした牙や咥えた肉片のようで、カニバリズム的欲望を想起させる。ここでは、舞台奥でギクシャクと指揮棒を振るう「オーケストラの指揮者」さえも、何者かによって操られ、狂乱の機構の一部分と化しているのだ。自宅での出産を股開きのアングルで捉えた映像の衝撃的な挿入(原一男『極私的エロス・恋歌1974』からの引用)を挟みつつ、肥大化した病理の表出を、緻密に振付けられた無秩序の世界として、約2時間同じテンションを保ったまま押し切った怪作だった。



マレーネ・モンテイロ・フレイタス『バッコスの信女―浄化へのプレリュード』2018 ロームシアター京都
[撮影:浅野豪 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局]

公式サイト:https://kyoto-ex.jp/2018

2018/10/20(土)(高嶋慈)

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U-35展

会期:2018/10/19~2018/10/29

うめきたSHIPホール[大阪府]

毎年恒例になった若手建築家を紹介する大阪のU-35展のシンポジウムに司会として登壇した。今回は公募以外に初めて推薦制度を導入したことから、強度のある個性派が揃い、濃密な議論が行なわれた(全体の水準が高かったおかげで、五十嵐淳が吠えなかったことも特筆に値する)。顔ぶれを整理しよう。まず、海外から2組も参加したことが印象的だったが(高杉真由+ヨハネス・ベリー、服部大祐+スティーブン・シェンク)、プレゼンテーションの方法も日本勢とはまったく違い、過剰な説明はなく、ストレートに美学を詩的に提示していた。特に前者は、建築作品を再現する模型や図面などを一切見せず、彼らの手がけた会場デザインの作品に連なる系譜の空間インスタレーションを新たにうめきたSHIPホールで制作している。筆者は、初回からU-35の展示を見てきたが、こういうタイプのプレゼンテーションは初めてだった。

次に横浜国大系の3組は、環境の観察を詳細に行ない、そこから設計するという手つきが共通していた。すなわち、彌田徹+辻琢磨+橋本健史、tomito architectureの冨永美保、中川エリカであり、いまの日本の若手の主流となるアプローチと言えるだろう。そして東京大学の歴史研出身である三井嶺(昨年のゴールドメダル)と京谷友也は、構造やルールなどに対して、いずれも拗らせた複雑な設計を試みていたのが興味深い。2018年の参加者は、大きく3つのグループに整理することができたが、ゴールドメダルをめぐる議論では、審査委員長の平田晃久が最終的に中川を選んだ。彼女は、西田司の事務所でいきなり《ヨコハマアパートメント》を担当しているが、総合力では確実に頭ひとつ抜き出ているという判断は納得のいくものだろう(海外組は断片的な情報だけで最高の評価をしてよいか悩ましい)。別の日に伊東豊雄を迎えて開催されたシンポジウムでも、彼女が伊東賞を受賞している。

高杉真由+ヨハネス・ベリー(左)、服部大祐+スティーブン・シェンク(右)

彌田徹+辻琢磨+橋本健史(左)、冨永美保(右)


中川エリカ(左)、三井嶺(右)


京谷友也(左)、伊東賞のトロフィー(右)

2018/10/20(土)(五十嵐太郎)

永山祐子インタビュー、DESIGNART TOKYO 2018 藤元明+永山祐子《2021#Tokyo Scope》

[東京都]

12年ぶりとなる『卒業設計で考えたこと。そしていま』(彰国社)第三弾のインタビューのために、永山祐子の事務所を訪れた。彼女の店舗デザインの仕事などから想像すると、ちょっと意外な卒業設計だったが、縦糸と横糸を編むような巨大な複合駅施設によって高低差のある日暮里駅の両側をつなぐ、大型のプロジェクトだった。時代背景を考えると、FOAの《横浜港大さん橋国際客船ターミナル》の影響もうかがえる。卒計のスタディのために、図書館で調べたさまざまな視覚資料を収集したファイルが興味深い。ファッション、布の織り方、遺伝子の構造図など、建築以外のネタからさまざまな着想を得ていることがうかがえる。実際、筆者は学会のワークショップで学生時代の永山に会ったことを記憶しているが、そのとき共通の話題として(まだ建築のプロジェクトがほとんどなかった)ディラー+スコフィディオで盛り上がったように、当時から建築にとらわれない横断的な関心をもっていた。舞踏団にのめり込んだ時期もあったらしい。

その後、南青山のエイベック本社のビルにおいて、藤元明と永山祐子による巨大なインスタレーションを見学した。エントランスの大階段を制圧しつつ、都市を映す鏡面としての銀色のバルーン(直径7mの半球が円錐に変容していくフォルム)が展示されていた。ビルのファサードにはオリンピック以後を示す「2021」プロジェクトの数字を掲げ、また床の赤いラインによって、北西側の明治神宮や東京オリンピック1964などのレガシーエリアと、南東側に展開する六本木ヒルズから豊洲のベイゾーンを串刺しにする新しい都市軸も表現している。丹下健三の「東京計画1960」を意識したものだ。壮大なスケール感だが、彼女の卒業設計を知っていると、連続性を感じられるだろう。また実際に永山は2020年のドバイ万博の日本館や歌舞伎町の超高層ビル《新宿TOKYU MILANO》のファサードデザイン(2022年完成予定)を担当しているほか、東京の目立つプロジェクトも準備しているらしく、なかなか若い世代が次のステップに進めない現代の状況において、着実に仕事の規模が大きくなっている。

藤元明+永山祐子《2021#Tokyo Scope》


藤元明+永山祐子《2021#Tokyo Scope》


藤元明+永山祐子《2021#Tokyo Scope》


2018/10/26(金)(五十嵐太郎)

アッセンブリッジ・ナゴヤ2018

会期:2018/10/06~2018/12/02

名古屋港〜築地エリア一帯[愛知県]

名古屋港から築地口エリアで展開されている、「アッセンブリッジ・ナゴヤ2018」を訪れた。音楽とアートの活動の拠点となる《港まちポットラックビル》(旧・文具店)は、2階のプロジェクト・スペースで残念ながら今度、解体されることになった旧潮寿司の建物(L PACK)、3階のエキシビジョン・スペースで失敗した名古屋オリンピックの誘致(山本高之)と戦時慰安婦(碓井ゆい)など、リサーチをもとに忘れられていた歴史をたどる作品を展示していた。20年間空き家になっていた潮寿司はL PACKによって改造・運営され、アルファベット化した「UCO」という名の社交場/カフェスペースとして使われていたが、土地の所有者が手放すことになり、あわせて隣接する小さなボタンギャラリー(旧・ボタン店)も閉じることになった。渡辺英司が監修していた後者では、1階の「殿様のわらじ」展でアーティストや市民の値段をつけた作品を並べ、2階の記録展では、これまでの展示からお気に入りのものをドキュメントブックとして自分で製本し、持ち帰ることができるワークショップがなされていた。いずれも2年半前に初めて訪れた場所であり(そのときはアーティスト・ブック展を開催していた)、リノベーション後の状態しか知らないのだが、空き店舗の活用法として魅力的だっただけに惜しまれる。

さて、これらの建物の裏側には、かつて賭博場に使われたという家屋があり、港町の歴史を感じさせる。しかし、ここも消える予定であり、街の記憶が欠けていく。かといって、新しい再開発が待っているわけでもなく、商店街では空き店舗が増えているらしい。今後、あいちトリエンナーレとは別の枠組で運営されているアッセンブリッジ・ナゴヤが、地域の資源を生かしながら、どのように展開していくかを注目したい。ちなみに、賭け事という意味では、ボートピア名古屋(場外舟券発売場)が設置されたことから交付される環境整備費が、まちづくり事業に使われ、ポットラックなどのイベントに使われている。

2階のL PACKの展示


3階の碓井ゆいの展示


「UCO」の内部


「UCO」の背後


ボタンギャラリー記録展

2018/10/27(土)(五十嵐太郎)

イケフェス大阪2018

会期:2018/10/27~2018/10/28

大阪府内各所[大阪府]

大阪の建築イベント、イケフェス(生きた建築ミュージアム フェスティバル大阪2018)に立ち寄った。あまり十分な時間がなかったので、ミナミから船場エリアまで、予約不要、人数制限なしの箇所だけをまわったが、小さな近代建築に順番待ちの行列が発生していたほか、街のあちこちでオレンジ色のガイドを手にした人が数多く歩いていることに感心させられた。おそらく平日はビジネスマンが多く、休日は余計にイケフェス目当ての人が目立つのかもしれないが、その風景は、あいちトリエンナーレなどの芸術祭におけるまちなか展開のようだ。2011年のUIAの東京大会に関連して、2008年に発足したopen! architectureのとき、ここまでの状況は出現しなかった。凄いことである。「日本初・建物一斉公開イベント」をうたうopen! architectureは、建築史家の斎藤理が中心となって、ベルリンやロンドンの事例を参考にしながら企画し、主に東京で開催されたものなので、基本的にイケフェスの同じ考え方だった。

もっとも、エリアや公開している建物の数では、圧倒的にイケフェスが大規模になっている。また昔はSNSのメディアもあまり発達していなかったのに対し、イケフェスは紙媒体のガイドブックも見やすくデザインされていただけでなく、スマートフォンでもプログラムがとても調べやすくなっている。「フェス」という語感も、今風である。ほとんどが事前の予約制だったopen! architetcureに対し、予約不要や人数制限のない建物が多いことも、飛び込みでやってきた者にとってはありがたい。ともあれ、こうして建築ファンの層を広がること、またそれが可視化されることは嬉しいことである。そしてじつは、多くの来場者が訪れることで、オーナーも自分が普段使っている建物が重要なものだと気づき、ますます愛着をもってもらうことが重要なのだ(これもopen! Architectureで狙っていたことである)。おそらく、こうした意識をもつことで、長く建物が保存されることにつながるだろう。

遠藤秀平《SENSEISHA BLDG.》(2002)(左)、《御堂ビル(竹中工務店大阪本店)》1階「生きた建築・伝える心と技」展(右)


《青山ビル》(1921)(左)、《大阪農林会館》(1930)(右)


《伏見町 宗田家住居(CuteGlass Shop and Gallery)》(1921)


《原田産業株式会社大阪本社ビル》(1928)


《日本基督教団浪花教会》(1930)


2018/10/28(日)(五十嵐太郎)

2018年11月15日号の
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