artscapeレビュー
2019年11月01日号のレビュー/プレビュー
ダ・ヴィンチ没後500年「夢の実現」展 記者発表会
桑沢デザイン研究所[東京都]
来年1月、代官山のヒルサイドフォーラムで、ダ・ヴィンチ没後500年「夢の実現」展が開かれる。主催する東京造形大学がその概要を発表した。このプロジェクトは、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画、彫刻、建築、工学など未完成を含む作品や発明品を、最新の技術を駆使して制作当時の姿に復元しようというもの。《聖ヒエロニムス》《東方三博士(マギ)》の礼拝》《最後の晩餐》など16点の絵画をはじめ、《スフォルツァ騎馬像》「大墳墓計画」「距離測定車」など計31点におよぶ。といっても、本物そっくりに模写したり、彫刻を再現したりするわけではなく、CGなどを使ったヴァーチュアル復元だが、それでもレオナルドがなにを考え、どのようにつくったかをたどりながら復元するという。
しかしなんでそんな大それたことを小さな一美大がやるのかといえば、造形大がバウハウスのような総合芸術の教育を目指しているので、レオナルドは素材としてもっともふさわしかったから、とも言えるが、それよりなにより、レオナルド研究の第一人者である池上英洋氏が同大の教授を務めているからだろう。だから期待は高まる反面、池上教授を除くとレオナルドやルネサンス美術の専門家が見当たらないのが、いささか心もとない。蛇足ながら、池上教授は会見で「レオナルド」と呼んでいたが、タイトルは「ダ・ヴィンチ没後500年」となっている。ダ・ヴィンチとは非嫡出子で姓のないレオナルドに冠せられた「ヴィンチ村出身の」といった程度の意味だから、ここはやはり「レオナルド没後500年」にすべきだと思うのだが。
2019/09/25(水)(村田真)
松本倫子展「ニューヨークに銭湯」
会期:2019/09/27~2019/10/27
BankART SILK[神奈川県]
フリーハンドで丸っこく切り抜いたカラフルな板が、壁一面に飾られている。よく見ると、どれもネコが1匹から数十匹まで固まった形をしているのだが、曲線で分割された面には蛍光色や赤、緑、水色などおよそネコらしくない色彩が施され、水玉やウロコ模様まで描かれている。中世のアラベスク模様を思い出させるが、パラノイアックなアウトサイダー・アートと見ることもできるし、ポップな現代絵画と捉えることもできる。しかしその「どれでもなさ」が彼女の作品の特質だ。
展示も、四角いタブローなら横一線に並べるところだが、丸っこい板なので、まるでネコがくつろぐように壁一面に散らしている。これは楽しい。板だけでなく、襖、仮面、ショッピングバッグに描いた作品もある。ドローイングには、ネコが玄関の上に居座る《ニューヨーク銭湯の外観》と題する作品もあって、これがタイトルにも使われているわけだが、いうまでもなく「入浴」と「銭湯」をかけたダジャレ。
2019/09/28(土)(村田真)
大西みつぐ写真展「NEWCOAST2 なぎさの日々」
会期:2019/10/01~2019/10/19
コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]
大西みつぐは1980年代後半から90年第初頭にかけて、「NEWCOAST」と題するシリーズを撮影していた。「バブルの熱に浮かされた人々が戸惑いながらも居場所を求め、東京湾岸に集うようす」を、カラーフィルムの中判カメラで撮影したシリーズである。それから30年余りが過ぎて、「いったい風景の何が変わったのか? あるいはまた繰り返しの季節を迎えているのか?」と自問自答しながら、以前撮影したのと同じ葛西海浜公園の人工なぎさにカメラを向けたのが、今回の「NEWCOAST2 なぎさの日々」である。
全29点の写真のたたずまいに、それほど変化があるようには見えない。とはいえ、30年余りが過ぎるなかで、かつてはやや違和感があったアメリカ西海岸っぽい雰囲気が、それなりに身の丈に合ったものになっていることに気がつく。海浜公園での人々の振る舞いが、背伸びしなくても、日本人のライフスタイルと溶け合うようになってきているということだろう。大西のカメラワークも自由度が高まり、被写体との距離感を自在に調整することができるようになっている。それでも「なぎさの日々」には、日常からは多少ずれた「ハレ」の気分がまつわりついている。このシリーズには、大西の写真のメインテーマというべき「川」を中心とした東京の下町の情景とは一味違ったテンションの高さがある。大西は展覧会のリーフレットに「川(荒川)と海(東京湾)を行ったり来たりしながら写真家として生きてきた」と書いているが、その往還のプロセスから、今後も魅力的な写真群が生み出されていくのではないだろうか。
2019/10/01(火)(飯沢耕太郎)
菅野由美子展
会期:2019/09/24~2019/10/12
ギャルリー東京ユマニテ[東京都]
菅野はここ10年と少し、カップや皿や瓶など器ばかりを描いている。最初はスルバランのように横に並べただけの静謐なものだったが、次第に棚が現れ、それがエッシャー空間のように複雑化し、にぎやかになってきた。今回は棚も床もなく、器が宙に散らばっているような静物画もある。いや、これは果たして静物画と呼ぶのだろうか。いちおう床置きの設定だろう、影はあるのだが、遠近感が無視され、奥の器も手前の器も同じ大きさに描かれている。あるいは、1枚の画面にいろんな器をそれぞれ別個に描き込んだともいえる。初期の頃は器の存在感を表象しようとしていたように見えるが、いまはその存在感を成り立たせる現実感が薄らいできているように感じる。この先どんな静物画が描かれるのか、楽しみのような、不安なような。
2019/10/01(火)(村田真)
シュテファン・バルケンホール展
会期:2019/09/07~2019/10/05
小山登美夫ギャラリー[東京都]
戸谷と同じく木彫ながら、戸谷とは違って具象の人体像をつくるのがドイツの彫刻家、シュテファン・バルケンホールだ。その特徴は、まず1本の木から台座ごと彫られた一木造であること。しばしば上の人物像より台座のほうが大きいこともある。二つめは、彫り跡のささくれを残すなど仕上げが粗いこと。そのため、彼がデビューした80年代にブームだった新表現主義の彫刻家と目された。三つめは、人物像のサイズが等身大より小さいこと。たまに大きいこともあるが、等身大ではない。四つ目は、人物が非個性的で無表情であること。作者はこれを「Mr. Everyman」と呼んでいるそうだ。五つ目は、表面を彩色していること。男性像は白いシャツと黒いズボン、女性像は赤い服という設定になっている。
これらの特徴から、バルケンホールが彫刻の伝統を重視しつつ拡張していることがわかる。また、これが人物彫刻である以前に、文字どおり木を彫った「木彫」であるという主張も伝わってくる。だから主題はだれでも、なんでもよく(ゆえにMr. Everymanなのだ)、極端に言えば人物像はトッピングに過ぎないのだ(もちろんトッピングがいちばん目を引く)。今回は彩色レリーフや、一刀彫のドローイングもあって、「彫刻」概念をどこまでも拡張してくれる。
2019/10/01(火)(村田真)