2022年11月15日号
次回12月1日更新予定

artscapeレビュー

2022年11月15日号のレビュー/プレビュー

My First Digital Data はじめてのデジタル

会期:2022/10/29~2022/10/30

アーツ千代田 3331 1F[東京都]

メディア・アーティストの藤幡正樹がキュレーションした本展は、かなり画期的な展覧会だと思う。1995年発売のカシオQV-10の登場で、価格が比較的安く、実用的なデジタルカメラを自由に使える時代が到来した。それから四半世紀以上が過ぎ、そうなると、その草創期がどんなだったかは忘れられがちだ。それだけでなく、写真体験の大部分がデジカメで担われている現在、それぞれの撮り手の「はじめてのデジタル」がどのようなものだったかを振り返ることには、新たな歴史的な意味が生じてきている。このような試みはまさに「コロンブスの卵」で、思いつきを形にした藤幡の慧眼はさすがだと思う。

藤幡本人に加えて、沖啓介、久保田晃弘、小池一子、佐藤卓、辛酸なめ子、都築響一、ときたま、中村政人、萩原朔美、古川日出男、松本弦人といった多彩なメンバー、約30人が参加した展示もなかなか見応えがあった。まだ未知のツールだったデジカメをはじめて手にした時の、それぞれの反応が興味深い。藤幡のように、最初からどんなふうに撮り、プリントするのかをきちんと計算しているように見える者もいるが、逆にときたまや古川のように、何も考えずに目の前の光景に反応しているような写真の方が、いま見ると面白い。参加メンバーをもっと増やして、定期的に開催してもよさそうだ。

なお、本展の出品作は仮想通貨「イーサ(ETH)」で販売され、「申込人数が増えると購入価格が下がる」という「サブディビジョン」方式をとる。展覧会の会期終了後も、ウェブサイトで販売は継続される。このような販売・購入のシステム構築も、今後は重要な課題のひとつになっていくだろう。

「My First Digital Data」公式サイト:https://mf22.3331.jp/index.html

2022/10/29(土)(飯沢耕太郎)

津田直+原摩利彦 トライノアシオト─海の波は石となり、丘に眠る

会期:2022/08/27~2022/10/30

太田市美術館・図書館[群馬県]

津田直は、現存する風景を撮影しながらも、その土地の光と風、そこからの出土品などの描写を通じて、「目には見えない」古代世界の様相、そこに生きていた人々の心性などを呼び覚まし、甦らせる仕事を続けてきた。今回の太田市美術館・図書館での展示では、群馬県一帯に1万4千基近く残るという古墳群を中心に撮影し、音楽家、原摩利彦とのコラボレーション作品「トライノアシオト 海の波は石となり、丘に眠る」をまとめている。タイトルのトライ=渡来という言葉は、日本の古墳時代の文化の担い手となったのが、朝鮮半島などからの渡来人だったことに由来する。

展覧会は二部に分かれ、第一室では古墳群の土地の起伏と馬の背中の共通性に着目した写真群が並び、原が作曲した弦楽八重奏曲「Sol」が会場に流れていた。「夜の時間」をテーマにしたという第二室には、津田が玄界灘の沖ノ島で撮影したという金色の輝きを放つ海面の写真がスクリーンに投影され、古墳の石室で一晩録音した「静寂音」のボリュームを上げて、あたかも波の音のように聞こえるサウンドが流れている。両室とも、埴輪や土器の実物を写真の合間に配置し、古代世界の気配、空気感を見事に再現していた。

美術作品に音楽(サウンド)を加えるインスタレーションは、諸刃の剣ではないかと思う。展示の視覚的な効果と聴覚のそれが、うまく噛み合わないことが多いからだ。だが、今回の津田と原のコラボレーションは、作品制作のプロセスにおいて綿密なコミュニケーションをとっていたこともあって、これ以上ないほどうまくいっていた。津田はこれまでも、作品のインスタレーションに並々ならぬ精力を傾けてきたが、本展はその彼の展覧会としても出色の出来栄えといえるのではないだろうか(空間構成=おおうちおさむ)。

展覧会にあわせて刊行されたカタログ(デザイン=須山悠里)も、素晴らしい仕上がりである。写真図版の強弱の付け方、文字のレイアウトに細やかな配慮を感じる。

公式サイト:https://www.artmuseumlibraryota.jp/post_artmuseum/182680.html

2022/10/30(金)(飯沢耕太郎)

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王露『Frozen are the Wind of Time』

発行所:ふげん社

発行日:2022/10/22

王露(Wang Lu)は1989年、中国山西省出身の写真家。武蔵野美術大学、東京藝術大学で写真を学び、いくつかの賞を受賞している。本作は、2021年にふげん社で開催された同名の個展に出品されたものだが、その時点から写真の数を大幅に増やし、構成も大きく変えて面目を一新し、ハードカバーの写真集として刊行した。同時期に、キヤノンオープンギャラリーで個展も開催している(2022年10月29日~12月1日)。

写真作品の重要なテーマになっているのは、王露自身の父親である。父親は彼女が12歳の時、事故によって脳に損傷を負い、社会生活が難しくなった。記憶が曖昧になり、精神的な障害もある。写真集は事故以前の、若く、幸せそうな父と母の写真の複写から始まり、帰省のたびに二人を撮影した写真が続く。父親が、撮影を拒否するように手で顔を隠す写真が繰り返し出てくるが、不安と諦念を抱え込んだ母親の表情とともに強く印象に残る。撮り続けなら、彼らの生、自分との関係のあり方について、王が自問自答している様が切々と伝わってくる。とはいえ、ネガティブな印象はあまりなく、見つめ続けることで認識が深まり、写真家としての自覚に繋がってくることがよくわかる構成になっていた。

家族の写真に加えて、もう一つ大事なのは、生まれ故郷で、現在も父母が暮らす山西省太原市の環境の変化が丁寧に描写されていることだ。ほかの中国の大都市と同様に、太原市もここ10年余りで都市化が急速に進行し、大きく変貌していった。その移りゆきと、病を抱え込んだ家族の姿とが対比されることで、本作は単純な「私写真」の枠に収まることなく、より大きなスパンを備えた社会的ドキュメンタリーとして成立している。今後の彼女の仕事への期待が高まる作品集だった。

2022/11/04(金)(飯沢耕太郎)

藤原更『Melting Petals』

発行所:私家版

発行日:2022/10/22

藤原更はユニークな軌跡を描く写真家である。コマーシャル・フォトの世界からアート写真の世界に転じ、2000年代以降は東京・広尾のEmon Photo Gallery(2020年に閉廊)を中心に展覧会を積み重ねていった。ポラロイド写真などによって制作した画像を大きく引き伸し、ギャラリー空間にインスタレーションした作品は、アメリカやヨーロッパ諸国でも評価が高い。今回、町口覚のデザインによって私家版で刊行された『Melting Petals』は、彼女にとっては最初の本格的な写真集となる。

写真集は「Scattered Memories in the Field of Transience(うつろいゆく領域にちりばめられた記憶)」「VOID: Inseparable Domains(空虚:分割できない場所)」「Uncovered Present(見出された現在)」の三部構成であり、それぞれ5~7枚の写真が収められている。ほとんどは色面とフォルムに単純化された抽象的なイメージであり、ポラロイド写真の感光乳剤を剥がしとる「ピーリング」と称する技法を駆使することで、日常の世界からは離脱する幻影のような空間が構築されていた。

とはいえ、主に赤と緑のグラデーションによって織り成された画像は、奇妙に生々しい現実感もまた備えている。それは、これらの写真群の被写体となっているのが、芥子の花(ポピー)であることからもきているのだろう。芥子の花はいうまでもなく阿片の原料でもあり、美しさだけでなく、ある種の魔術性、どこか禍々しい気配を秘めている。藤原はそのあたりを十分に考慮しつつ、ともすれば紋切り型になりがちな「花」の写真に、既存の価値の原理を掻き乱すような要素を付け加えようとした。

たしかに、これまで藤原が発表してきた「花」や植物の写真と比較しても、「Melting Petals」は特別な意味をもつシリーズといえる。とはいえ、藤原の写真家としての可能性は、本写真集におさめられた23枚の写真群だけに収束していくものではないはずだ。むしろその仕事の幅を、さらに広げていくべき時期に来ているのではないだろうか。なお、写真集刊行に合わせて、東京・銀座の森岡書店で出版記念展も開催されている(2022年10月25日〜30日)。


関連レビュー

藤原更「Melting Petals」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)

2022/11/04(金)(飯沢耕太郎)

エバレット・ケネディ・ブラウン『Umui』

発行所:サローネ フォンタナ

発行日:2022/10/30

1959年、アメリカ・ワシントンD.C.生まれの写真家、日本文化史研究家のエバレット・ケネディ・ブラウンは、このところ初期の写真技法である湿版写真(Wet collodion process)で日本各地の風景、人物、祭事などを撮影している。沖縄県立芸術大学客員研究員(歯科医師、わらべ唄研究家)の高江洲義寛が監修した本作では、沖縄各地を湿版写真で撮影した。

ブラウンが写真撮影を通じて見出そうとしたのは、沖縄人の魂の表出というべき「 UMUI=ウムイ」の在処である。「UMUI」は「思い」と表記されることが多いが、ブラウンによれば「心の中に湧き上がる祈りや感情」であり「生命の叫び」でもある。沖縄の人々、大地、植物、遺跡などに漂う「UMUI」はむろん目に見えたり、手で触ったりできるものではない。だが、あえて露光時間が長くかかり、暗室用のテントで、撮影後すぐに現像・定着をしなければならない湿版写真で撮影することで、被写体をオーラのように取り巻く「UMUI」を捉えようと試みている。そこにはたしかに、沖縄の地霊を思わせる何ものかが、おぼろげに形をとりつつあるように見えてくる。

もう一つ興味深かったのは、そこに写っている沖縄の人たちのたたずまいが、太平洋のより南方の地域に住む人々と共通しているように見えることである。これには理由があって、ガラスのネガを使う湿版写真は、赤に対する感度が低いので、肌や唇の色がやや黒っぽく写ってしまうのだ。だが、そのことによって、沖縄の精神文化がむしろ南方の環太平洋地域に出自をもつものであることが、問わず語りに浮かび上がってくる。日英のテキストと写真とを交互に見せる写真集の構成(デザイン=白谷敏夫)もとてもうまくいっていた。

2022/11/05(土)(飯沢耕太郎)

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