artscapeレビュー
2022年11月15日号のレビュー/プレビュー
温泉ドラゴン『悼、灯、斉藤』プレ企画リーディング公演
会期:2022/11/06
青年劇場スタジオ結[東京都]
現在の日本の演劇界はいくつもの問題を抱えている。新作戯曲の執筆に十分な時間がかけられないこと。せっかく書いた戯曲も一度の上演で「使い捨て」にされてしまいがちなこと。観客がしばしば固定化されていること。世代、あるいはジャンルを越えた交流に乏しく人材やノウハウが共有されていないこと。閉じられた環境はハラスメントの温床でもあるだろう。2023年2月に本公演が予定されている温泉ドラゴン『悼、灯、斉藤』のプレ企画として実施されたリーディング公演は、これらの問題に正面から取り組み(解決とまではいかないまでも)いくつかの可能性を提示してみせる優れた企画だった。
『悼、灯、斉藤』は温泉ドラゴンに所属する劇作家・原田ゆうによる新作戯曲。2019年に温泉ドラゴンで上演された『渡りきらぬ橋』では日本初の女性劇作家・長谷川時雨を中心に、文学仲間の女たちとの連帯と周囲の男たちの無理解、その断絶を鮮やかに描き出した原田だが、今作では一転、母の予期せぬ急逝によって遺された三兄弟と父の姿を描いている。本公演も控えているのでここでは物語の詳細には踏み込まないが、「弱さ」を開示しケアし合うことができない中高年男性の「弱さ」(それはもちろん強くあるべきというステレオタイプな男性像による抑圧の結果だ)を丁寧に描いた今作はいまの日本で書かれ上演されるに相応しいものとなっていた。ケアを一身に担っていた母が不在となることでそれぞれが抱えていた鬱屈が露わになり、そうして男たちはようやくきちんと家族と向き合い始める。
この戯曲をリーディング上演したうえで観客も交えたディスカッションを行ない、本公演に向けてブラッシュアップしていくためのフィードバックを得るというのが今回の企画の趣旨だ。劇作と演出を兼ねるつくり手も多い小劇場演劇では、戯曲とその上演が強く結びついてしまっている。まず戯曲が書き上がり、その上演が企画されるのではなく、公演が企画され、それに合わせて戯曲が書かれるという状況が常態化しているのだ。新作偏重の傾向もあり、一度上演された戯曲が再演される機会も少ない。実際のところ再演作品では集客が厳しいという話もしばしば聞くのだが、それは卵が先か鶏が先かという問題でもあるだろう。このような環境ではよい戯曲は書かれづらく、再演に足るよい戯曲が書かれなければ新作偏重主義はますます加速する。新作戯曲の本公演に先がけてブラッシュアップの機会を設けるという今回の企画は、このような小劇場演劇の消費サイクルへの抵抗であり、「弱さ」の開示という意味で戯曲のテーマとも響き合うものだ。
本公演では温泉ドラゴンの演出家でありもうひとりの所属劇作家でもあるシライケイタが本作の演出を担う予定だが、今回のリーディング公演では公募で選ばれたスペースノットブランクの中澤陽が演出を担当することになった。意外なマッチングと言っていい。温泉ドラゴンの作品はド直球の物語演劇。対してスペースノットブランクは、池田亮(ゆうめい)のテキストや松原俊太郎の戯曲を上演してきた実績こそあるものの、基本的にはコンテンポラリーダンスと演劇とを横断するような、いわゆる「ポストドラマ演劇」のつくり手だ。今回のリーディング公演では出演者も温泉ドラゴンに所属する、あるいは出演したことがある俳優とスペースノットブランクに出演してきた俳優の双方から選ばれており、俳優のレベルでも「交流」が生じている。客席についても同様だろう。温泉ドラゴンとスペースノットブランク双方の作品を普段から観ている観客はそれほど多くはないはずだ。そこには創客の機会がある。異なるタイプの、そして世代的にも二回りほど隔たりのある演劇のつくり手とその観客の間に交流を生み出したという点でもこの企画の意義は大きい。
戯曲では、父母の暮らしたマンションのリビングを舞台に、母の死以降の斉藤家(=現在)と母が生きていた頃の出来事(=過去)とが交互に描かれる。中澤演出は舞台を現在と過去の二つの空間に分け、母(谷川清美)がいる過去の空間と対比させることで、現在におけるその不在を際立たせて見せた。冒頭の配役紹介と一度目のカーテンコールにも谷川だけが登場せず、不在はより一層印象づけられる。シンプルだが戯曲の核を鮮やかに示す演出で、中澤の演出するドラマ演劇をもっと観てみたいとも思わされた。
終演後には観客が記入したアンケートをもとにディスカッションが行なわれた。私が特に気になったのは、男性の登場人物が丁寧に、それぞれひとりの人間として生き生きと描かれていたのに対し、(母を除いた)女性の登場人物は書き込みが薄く、物語に都合のよい存在として使われているように見えた点だった。男性の「弱さ」を描きステレオタイプを解体するのに女性が「利用」されるのであれば、それは結局のところ男尊女卑的な構造を温存することにもつながりかねない。
リーディング公演で使用されたバージョンの戯曲はウェブで公開もされており、ブラッシュアップの過程も発信されていく予定だという。2月の本公演に向けて作品はどのように変化していくのだろうか。原田戯曲としては12月に所奏演出による文学座『文、分、異聞』も控えている。こちらは三島由紀夫『喜びの琴』の上演の是非をめぐって文学座が分裂した「『喜びの琴』事件」という史実を題材にした作品。『悼、灯、斉藤』と併せて観たい。
温泉ドラゴン:https://www.onsendragon.com/home
スペースノットブランク:https://spacenotblank.com/
リーディング公演版『悼、灯、斉藤』戯曲:https://www.onsendragon.com/pre-toh-toh-saitoh
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温泉ドラゴン『渡りきらぬ橋』|山﨑健太:artscapeレビュー(2019年10月15日号)
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2022/11/06(日)(山﨑健太)
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2022/11/14(月)(artscape編集部)