artscapeレビュー

北島敬三「ISOLATED PLACES」

2012年05月15日号

会期:2012/04/06~2012/05/13

RAT HOLE GALLERY[東京都]

北島敬三は1990年代前半から「PLACES」と題するシリーズを撮影・発表し始めた。アジアやヨーロッパの諸都市の建築物を、その周囲の空間も含めて、大判カメラで写しとっていく試みだ。そこでめざされていたのは、各地域に固有の表象をなるべく剥ぎとり、その眺めを、いわばその時代における「どこにでもありそうな光景」へと還元していく試みだったと思う。
ところが、90年代後半になって、被写体が日本各地の風景へと限定されていくようになると、そのようなミニマリズム的なアプローチの厳密さはやや薄れていくようになる。今回の個展で展示された「ISOLATED PLACES」のシリーズから受ける肌合いは、以前の「PLACES」とはかなり異なっている。北海道から沖縄まで、それぞれの地域の建築物のヴァナキュラーな要素だけでなく、以前は注意深く排除されていたはずの「前田歯科専用」とか「こころ、届けます。GIFT PLAZA」などの看板の文字も、そのまま写り込んできているのだ。雪のなかにぽつんと一軒だけ取り残された家を撮影した作品(「Yubetsu 2009」)のように、なんとも寄る辺ないISOLATED(孤立した、隔離した)な感情がかなり強く滲み出ているのも、今回のシリーズの特徴である。
それを北島の表現意識の弛みとして、ネガティブに評価することもできそうだが、個人的にはその変化は好ましいものに思えた。彼の1990年代以降のもうひとつのシリーズ「PORTRAITS」にあらわれている、見る者をがんじがらめに縛りつけてしまうような窮屈な強制力ではなく、北島本来の写真家としてののびやかな自発性が回復しつつあるように感じるからだ。打ち棄てられ、干涸びて「顔と名前を失った光景」が、写真のなかでふたたび生命力を取り戻しているようにも見える。

2012/04/17(火)(飯沢耕太郎)

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