artscapeレビュー

福島原発の闇

2012年08月01日号

会期:2012/05/26~2012/07/07

原爆の図丸木美術館[埼玉県]

いま、見たいのによく見えないもどかしさを感じてならないのは、福島第一原発における労働の実態である。なぜなら、それが今後の私たちの明暗を左右しかねない重大な事案であるばかりか、現代の文明的なテクノロジーによって私たちは日常的に視覚的な全能感を味わっているからだ。そのもどかしさといったらない。
だが、ブラックボックスとして原発労働は、いまに始まったことではない。本展で展示されたのは、雑誌『アサヒグラフ』(1979年10月19日号、10月26日号)に掲載された「パイプの森の放浪者──現場からの報告・原発下請労働者の知られざる実態」という記事。身分を隠して福島第一原発の労働に携わったルポライターの堀江邦夫が文章を綴り、その言葉をもとに漫画家の水木しげるがイラストを描いた。
興味深いのは、30年近く前とはいえ、原発労働の細部を知ることができる点である。汚染水を処理する過酷な肉体労働をはじめ、その労働を始める前に思想調査が行なわれること、労災隠しが常態化していたこと、にもかかわらず福島第一原発の構内には「無災害150万時間達成記念」なる記念碑が建てられていたこと。堀江の文体には、経験者ならではの現場の臨場感がある。
だが、それ以上に来場者の視線を集めたのは、水木しげるのイラストレーションだろう。無数のパイプが行き交う構内の様子を点描で緻密に描いた絵には、並々ならぬ迫力がある。しかも、証言や資料をもとにリアルに描いているだけではなく、パイプの隙間に怪物的な目玉を描きこむなど、随所でイマジネーションを発揮しているのだ。見えない放射性物質を描くには、想像力に頼るほかないことを、水木しげるの絵は如実に物語っているのである。

関連書籍:堀江邦夫、水木しげる『福島原発の闇──原発下請け労働者の現実』(朝日新聞出版、2011)

2012/07/07(土)(福住廉)

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