artscapeレビュー
関かおり『マアモント』(トヨタコレオグラフィーアワード2012ネクステージ)
2012年08月01日号
会期:2012/07/22
世田谷パブリックシアター[東京都]
明るいクリーム色の床面、そのうえに肌の色に近いコスチュームを着けたダンサーがいる。幕が開く瞬間、ナッツのような甘い香りがあわく鼻腔に触れてきた。気のせいかも知れないが、微かな淡い刺激が視覚のみならず、五感を撫でてくる、終始そんなダンスだった。まるで彫刻のように明るい床面に屹立しているダンサーたちも独特の存在感なのだが、特筆すべきことは別にある。例えば、始まりのほうで2人の女が現われた場面でのこと。1人が脚を柔らかく横へ伸ばした隙に、その脚の裏腿めがけてもう1人の女が頬を這わせた、そしてその頬がふくらはぎを撫で、足先をめぐり脚の上部を頬で触れていったとき、本作の狙う独特の的が見えた気がした。ところで、あれこれのダンス公演を見ていてほぼ毎回思うのは、動きが大きすぎるということだ。大きすぎるので、そこに居る身体の素材的性格が看過されてしまっている。けれども、その身体こそ観客も共有しているものであり、コミュニケーションのインプット/アウトプットを司る重要な装置であるはずなのだ。脚の上に頬を沿わせる関の振付は、動きとしてユニークである以上に、見る者の身体感覚を刺激する仕掛けとして見事機能している。ほかにも、仰向けの相手の顎と自分の顎を屈みながらかみ合わせて引っ張り移動させるというシーンもユニークで、見ていると自分の顎がそわそわしてくる。ダンスは、動きの形をつくったりその精度を高めたりするものであるのみならず、(ダンサーのみならず観客の)身体へ向けたトライアルでもあるはずで、この点に関して、今年のトヨタは最終組の関だけが突出していた。次代を担う振付家賞の受賞は当然の評価だろう。それまでの4組が既存のダンス・スタイルやコンセプトをベースにし、それらのもつ基準に対する及第点を狙っているようだったのに対し(第1組の篠田千明『アントン、猫、クリ』はどの組とも違って独創的で豊富なアイディアを披露したものの、身体へ向けたアプローチは希薄だった)、関作品はなににも似ていない、そして、正真正銘のダンス作品だった。
2012/07/22(日)(木村覚)