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しりあがり寿★ワールド ゆるとぴあ

2012年08月01日号

会期:2012/06/23~2012/07/08

横浜市民ギャラリーあざみ野[神奈川県]

3.11以後、「アートは無力か?」と自問自答するアーティストは多いが、「アート」であろうとなかろうと、すぐれた文化表現は少なからず生まれている。いままさに全国各地で大きなうねりを形成しつつある脱原発デモはその最たるものであるし、Chim↑Pomの一連の表現活動や、いとうせいこうのポエトリー・リーディング、そしてしりあがり寿の『あの日からのマンガ』もある。とりわけ、しりあがりの作品は放射性物質を擬人化したり、50年後の未来社会を想像的に予見したり、マンガという自由闊達な表現形式を存分に使いきることで、同時代の精神史に大きな足跡を残した傑作である。
本展で展示されたのは、しりあがり寿による映像インスタレーション。「ゆるめ~しょん」と言われるゆるいアニメーション作品を、広い会場に縦横無尽に設置されたモニターの数々で見せた。そのモニターのサイズは大きなものから小さなものまでバラエティがあり、それらを巧みに構成することによって、会場にダイナミックな動きを生んでいたし、モニターを縦方向に組み上げることで4コママンガのように見せるなど、工夫も効いていた。色彩を封じ込め、線描だけに特化しているので、画面の大半を占める白い背景がやけにまぶしい。テレビやパソコン、スマートフォンなど、私たちが情報を受け入れる窓口の無機的な光が強調されているようだ。そこで動く定番のキャラクターは確かにコミカルだが、その反面、金属音のような音響がひどく衝撃的で、そのギャップが私たちの心情を表現していたように思えた。とてつもない不安や恐怖を内側に抱えつつも、明るく健気に振舞う二重性。それが病理としてではなく、常態化してしまったことの狂気を、しりあがりは見せようとしていたのではなかったか。
今回の展覧会は、しりあがり寿という稀代の漫画家が、同時にすぐれたアーティストであることをはっきりと告げた。展示に関する文法を適切に踏まえているからではない。線によって描き出す世界が、今日の社会的状況や私たちの精神性と確かに結びつき、そのことによって強いリアリティを生み出しているからだ。

2012/07/08(日)(福住廉)

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