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アール・デコ 光のエレガンス

2012年08月01日号

会期:2012/07/07~2012/09/23

汐留ミュージアム[東京都]

19世紀のさまざまな技術革新は同時代の生活に大きな変化をもたらした。鉄道や通信、蒸気船の発達は人や物の移動と、情報交換のスピードを大きく改善した。ガスや電気の普及は都市の風景を変え、人々の生活スタイルを変え、人々が日常生活で必要とするものも変えた。そうした変化も19世紀の終わりにはまだ産業界や特定の階層のものであったが、20世紀に入りより幅広い階層へと拡大してゆく。家庭における室内照明も同様であった。19世紀の終わりに発明された白熱電球は、炭素フィラメントを使用していたために明るさが十分ではなく、またインフラ整備の問題からすぐにロウソク、石油ランプ、ガス白熱灯に取って代わるものではなかった。しかし金属フィラメントによって電球はより明るくなり、新たな照明器具が生まれ、人々の生活を変えはじめた。それが生じたのが両大戦間期、アール・デコの時代だった。
 「アール・デコ 光のエレガンス」展は、このような技術や社会生活の変化が新たなモノの誕生やデザインの様式の変化に与えた影響を考察する展覧会である。ヴォルフガング・シヴェルブシュは「アール・インディレクト」という言葉でこの時代に現われた間接照明と建築や装飾との関係に焦点を当てているが★1、石油ランプやガス灯とは異なり、直視することが困難なほど明るい人工的な光をいかにして生活のなかに取り入れていくかは、同時代の工芸家やデザイナーたちに共通する課題であった。展覧会第1章ではパート・ド・ヴェール技法による色彩豊かなガラスのランプが紹介される。第2章はサロンを飾った作品。磨りガラスや磁器製の照明器具[図1]は電球の強い光を和らげるために生まれてきたことや、明るい照明が室内の装飾品に与えた影響が示される。ローゼンタールやドームの照明器具、装飾品で構成された再現コーナーは、汐留ミュージアムおなじみの企画である。第3章では都市エリートに好まれたモノトーンの食卓がルネ・ラリックのガラス製品を中心に再現されている。貴金属ではなく工業的に生産されるガラスを素材とし、色彩ではなくカッティングや型を用いたラリックの食器や装飾品が、新しい光の使用を前提としていたことがとてもよくわかる[図2]。アール・デコの幾何学的な様式が工業的生産と調和的であったことはよく指摘されるが、この展覧会で特筆すべきは、技術の普及が人々の生活スタイルを変化させ、その変化が新しい装飾様式を求めたことを指摘している点にある。[新川徳彦]

★1──ヴォルフガング・シヴェルブシュ『光と影のドラマトゥルギー──20世紀における電気照明の登場』(小川さくえ訳、法政大学出版局、1997)。



1──国立セーヴル製陶所(デザイン:ジャン=バティスト・ゴーヴネ)《鉢型照明器具「ゴーヴネNo. 14A」》1937年、東京都庭園美術館
2──ルネ・ラリック《常夜灯「インコ」》、1920年、北澤美術館

2012/07/12(木)(SYNK)

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