artscapeレビュー

野村恵子『Soul Blue 此岸の日々』

2012年12月15日号

発行日:2012/10/05(金)

2012年4月にPlace Mで開催された野村恵子の同名の個展で、この写真集の刊行の話を聞いた。そのときから楽しみにしていたのだが、予想を超えた素晴らしい出来栄えに仕上がったと思う。まさに野村の1990年代後半以来の写真の仕事の集大成といってよいだろう。
写真集は、窓のカーテンから射し込む光を捉えた「The morning my mother ended her life, Kobe, 2009」から始まり、揺れ騒ぐ波間に漂う花束を写した「Sea funeral for my parents, 2012」で終わる。この2枚の“死”にかかわるイメージの間に、90年代以来野村が積み上げてきた写真群が挟み込まれている。デビュー写真集『Deep South』(リトルモア、1999)におさめられていた、若い女性のヌードや沖縄の風景などもあるが、中心になっているのは2010年以降の近作だ。かつての野村の写真といえば、生々しい、血の匂いがするような風景や人物が多かったのだが、今度の写真集はかなり肌合いが違う。森山大道が写真集に寄せたテキストで「パセティック(悲壮的)ではないが、そこはかとなくメランコリーな気配がただよっていて」と的確に指摘しているように、落ちついた眼差しで静かに眼前の眺めを見つめているような作品が多くなっている。とりわけ、横浜・日吉の自宅のマンションの窓から撮影した空やビル群の写真には「メランコリーな気配」が色濃く感じられる。このような日常的な場面を写真集に入れようという発送自体が、以前の彼女にはなかったはずだ。
むろんこの写真集は、野村の写真家としての経歴の行き止まりではなく、これから先も彼女は撮り続け、写真集を刊行していくはずだ。だがひとつの区切りとして、見事に次のステップへの足場を築いたことをまずは言祝ぎたい。編集の沖本尚志、アートディレクションとデザインの中島英樹とのチームワークのよさも特筆すべきだろう。

2012/11/08(木)(飯沢耕太郎)

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