artscapeレビュー

大久保潤「でかける!」

2012年12月15日号

会期:2012/10/29~2012/11/03

blanClass[神奈川県]

大久保潤は知的障害者で、福祉施設で仕事をしながら主に絵画作品を発表してきた。写真にも強い関心を示し、1994年頃からコンスタントに撮影を続けている。カメラにフィルムが入っていると、あっという間に全部撮ってしまうので、母親が毎週24枚撮りを1本、日曜日に教会に行く前に渡すようにしているのだそうだ。教会のベンチや上着をかけるハンガー、行き帰りに乗る電車などに、必ずカメラを向けている。ほかにも、家族や障害者施設の仲間たちと国内外に旅したり、展覧会のオープニングに出かけたりしたときにも写真を撮る。こちらはそこで出会った人たちの、親密な雰囲気を感じさせるポートレートが多い。
こうして撮りためたなかから、2010年のカンボジア旅行の写真を選んで、2011年4月に個展を開催した(「大久保潤写真展 ちょっと訪ねたカンボジア」グリーンカフェ西郷山)。僕はたまたまその展示を見て衝撃を受けた。そこにはまぎれもなく、撮ることの純粋な歓びにあふれる、素晴らしい写真が並んでいたからだ。もっとたくさん彼の写真を見たい、見せたいと強く思った。それで、彼の写真活動をフォローしている姫崎由美さんと一緒に会場を探して実現したのが、今回の「でかける!」展である。
blanClassのアトリエの壁、三面にぎっしりと貼り付けた写真の数は1,000枚弱。これだけの数の写真を見ても、まったく見飽きず、もっと見たいと思わせる力が彼の写真にはある。同じ被写体、たとえばハワイのホテルのベッドの枕、カンボジアの石畳、自宅のカーテンなどを何枚も撮っているのだが、いつも初めてそれらを見つけだしたような新鮮さでシャッターを切っているのがわかる。被写体に体ごと飛びかかっていくような生々しさ、躍動感が、すべての写真にみなぎっており、つい顔がほころんでしまうような気持のよいエネルギーの波動が伝わってくる。写真を見ることの愉しさを心ゆくまで味わうことができた。
大久保の写真を「アウトサイダー・アート」の文脈で語ることはできる。これまで、写真の分野ではそのことについてほとんど言及されてこなかったので、もしかすると大きな可能性を秘めた領域となるかもしれない。だがそれ以上に、彼の写真を見ていると、何度でも立ち返るべき写真撮影の行為の原点が、そこにあるのではないかと言いたくなってくる。「普通の」写真家には、彼のように撮ることは逆立ちしても無理かもしれない。だが、誰でも最初にカメラを持って被写体に向き合ったときには、こんなふうにシャッターを切ったのではないだろうか。そのときの気持ちと体のあり方を、もう一度思い出すことくらいはできそうだ。

2012/11/03(土)(飯沢耕太郎)

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