2021年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

Crackersboat『flat plat fesdesu Vol. 2』Bプロ、Cプロ

2013年06月01日号

会期:2013/04/23~2013/04/29

こまばアゴラ劇場[東京都]

日本のコンテンポラリーダンスにおける注目の若手作家KENTARO!!を中心としたプロジェクトチームCrackersboat。彼らが行なった、ダンスと音楽の作家たちを集めたイベントがこれだ。遠田誠や岩渕貞太など、名の知られている中堅の振付家・ダンサーも出演していたが、ぼくが見たなかでダントツに面白かったのは、Aokid×たかくらかずきだった。Aokidをはじめてぼくが見たのは、大木裕之が武蔵小金井で行なったイベントのなかでだった。ヒップホップにルーツのありそうなダンスを文系男子の雰囲気のある男の子が一人で、しかもしゃべりながら踊るという、それはそれはとても新鮮なパフォーマンスだった。今回は、たかくらかずきとのコラボレーション。イラストレーターで劇団・範宙遊泳の美術監督も行なっているたかくらは、舞台奥のスクリーンに映る机の上の世界を担当。この箱庭的世界がときに子どもの粘土遊びのようにときにゲームの画面のように変化するのに応じて、目の前のAokidはその世界に巻き込まれ、世界とともに生きようとする。Aokidのよさは、肉体が薄っぺらく思えることだ。彼のアクロバティックな動作は、それができる肉体の力量よりも肉体の軽さ薄さを見るものに感じさせる。そこがいいのだ。そもそも映像が面白く、リアリティを感じさせればそれだけ、目の前の肉体の存在意義が薄くなる、ぼくらはそうした時代に生きている。Aokidがゲームのキャラに見えてしまうとき、そこにむしろぼくらは現在の人間を感じる。今月見た『THE END』がまさにそうであったわけだが、こうした状況で踊る意味をAokidはちゃんと示そうとしている。Aokidのほかには、カラトユカリの演奏がじつにユニークだった。小さなギターをつま弾き、しっとりとした声で歌う、演奏の魅力も際立っていたのだけれど、独特の佇まいになんともいえない面白さがあった。それはなにより、微笑とともに登場し椅子に座ると、ちょこんと花の冠を頭に載せた、その瞬間に濃密だった。声で思いを届けるという、いってみればきわめてプリミティヴな行為を成功裡に遂行するには、どんなにささいなものでもある種の儀式が必要なのかもしれない。花冠は、そんな風なものに思えて、演奏中ずっと花冠とカラトユカリを交互に見続けてしまった。もっといえば、この「どうすれば場が生まれるのか」といった点に敏感になることにこそ、ダンスのなすべき仕事が隠れているのではないか、そんなことをずっと考えていた。

2013/04/27(土)(木村覚)

2013年06月01日号の
artscapeレビュー

文字の大きさ