artscapeレビュー

薄井一議「昭和92年」

2015年12月15日号

会期:2015/10/31~2015/11/21

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

薄井一議は、2011年に同じZEN FOTO GALLERYで「昭和88年」と題する個展を開催している。かつての色街を中心に、異形の人物が跳梁する前作の雰囲気は今回もそのまま踏襲されており、タイトルも含めて、明らかに続編を意識した作りといえるだろう。だが、「日本最後の見世物小屋、津軽の人形婚、イタコ文化、佐賀の秘宝館、闘犬、元任侠の三味線弾き」(薄井の私信より)など、被写体の幅が広がっているとともに、それらが俗っぽい見かけであるにもかかわらず「侵すことのできない聖域=アジール」に属する事象であることが、しっかりと意識されるようになっている。前作とあわせて見ることで、薄井の作品世界の深まりがはっきりと見えてくるのではないだろうか。
薄井が写真を撮り続ける時に意識していたのは「東京オリンピック」だったという。2020年のオリンピックをめざして、街並は変貌し、至る所で「浄化作戦」が進行している。かつてのいかがわしさを含み込んだ、多面的、多層的な「グレーな文化、矛盾の文化」も窒息状態に追い込まれつつある。薄井はそんな中で、まだ「人間らしく愛らしい文化」が息づいている「アジール」を撮り続けることに、ある種の切迫した感情を抱いているのではないだろうか。そのことが、脱色したようなピンクや水色を強調した写真群から、じわじわと滲み出すように伝わってきた。この「昭和」のシリーズは「最後の昭和の断片が一掃されるであろう東京オリンピックの年で完結」する予定という。それまでに、どれだけの厚みが加わっていくのかが楽しみだ。
なおZEN FOTO GALLERYから写真集『Showa92 昭和92年』から同名のハードカバー写真集が刊行されている。前作に引き続いて町口覚のデザイン。写真のレイアウトがリズミカルで、目に快く飛び込んでくる。

2015/11/11(水)(飯沢耕太郎)

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