artscapeレビュー

プレビュー:『nước biển / sea water』特別上映 ダンスボックス アーカイブプロジェクト

2016年09月15日号

会期:2016/10/12~2016/10/29

アートエリアB1[大阪府]

NPO法人DANCE BOXは、1996年に大阪で活動を開始し、2009年に神戸の新長田に拠点を移し、今年20年目を迎える。地域に根差した活動とともに、世界各地のコンテンポラリー・ダンス作品を紹介し、レジデンス・プログラムや「国内ダンス留学@神戸」といった育成事業を手がけてきた。これまでの軌跡として、過去20年間の上演作品の映像の整備を進めており、2017年2月にアートエリアB1にて、時代ごとにセレクトした映像が公開される。
このアーカイブ・プロジェクトのオープンを記念して『nước biển / sea water』(製作・出演:松本雄吉、ジュン・グエン=ハツシバ、垣尾優)の記録映像が10月に公開される。この作品では、大阪を拠点とする劇団「維新派」を主宰する松本雄吉によるオリジナルテクストと朗読、ヴェトナムとアメリカを拠点とする現代美術作家のジュン・グエン=ハツシバによる映像、ダンサーの垣尾優によるソロパフォーマンスが舞台上で交錯する。contact Gonzoの塚原悠也のディレクションによる「KOBE-Asia Contemporary Dance Festival #3」において2014年2月に上演され、同年12月には東京都現代美術館での「東京アートミーティング第5回 新たな系譜学をもとめて」展において再演された。
筆者は神戸公演を実見したが、個人的な語りや記憶と「水」にまつわる重層的なイメージが交錯し、柔らかく包み込みながら記憶と身体を揺り動かしていくような、得難い体験となった。松本が朗読する声とハツシバの映像で語られる、体内に存在する水分と海水の親和性、循環する水のあり方と仏教的な死生観、海を渡って移住する人々の生や家族の記憶。それらの語りや記憶と交わるように、たゆたうように踊られる垣尾のソロダンス。じんわりと3者が浸透していくなか、上演中に劇場近くの港から汲んできた海水が舞台上に運びこまれ、全ての生命の源でもあるその海水を、観客は一人ひとり、お椀や容器に分かち合う。そしてパフォーマンスの終了後、海水の入った容器を手に夜道を歩いて、再び海へ海水を戻す。つかの間生成した不思議な共同体と、生と死を擬似体験させる儀式のような行為。見知った人、見知らぬ人、海への道中でたまたま知り合った人と言葉を交わしながら、2月の澄んだ夜空の下を歩き、黒々とした夜の海に海水を返した経験は、今でも忘れられない。本作は、今年6月に逝去した松本の最後の出演作となったが、自身の考えを多く語るものでもあった。記録映像に加えて、作品にまつわるモノや記憶も公開される予定だという。公演を未見の方にも、ぜひ追体験してほしい。


『nước biển / sea water』(製作・出演:松本雄吉、ジュン・グエン=ハツシバ、垣尾優)

2016/08/29(高嶋慈)

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