artscapeレビュー

コウノジュンイチ写真展 「境界」

2016年09月15日号

会期:2016/08/01~2016/08/14

ギャラリー蒼穹舎[東京都]

コウノジュンイチの写真との付き合いは長い。10年以上前に、ワークショップで彼の作品を講評・展示したことがあるし、2009年からは東京・新宿のギャラリー蒼穹舎でコンスタントに作品を発表するようになり、それらもほとんど見ている。その数もすでに10回ほどになっているという。だが、彼の写真について書こうとすると、どうもうまく言葉が紡げないように感じていた。ほとんどが旅の途上で撮影されたスナップ写真なのだが、これといった特徴をなかなか見出しにくかったからだ。だが、昨年日本国内で2004~2011年に撮影した写真をまとめて、写真集『ある日』(蒼穹舎、2015)を刊行したこともあり、少しずつスタイルが固まってきたようだ。
今回の展示作品(四切カラー、38点)は香港、マカオ、台湾、中国などで2011~12年に撮影されたもので、例によって都市の路地から路地へと彷徨いながらシャッターを切っている。旅の非日常性をなるべく出さないように配慮しているようで、逆にその「メリハリのなさ」がコウノの旅写真の特徴といえる。カメラに視線を向けている人物が1人もいないのも、かなり意識的な操作だ。つまり、なるべく自分の気配を消すように撮影しているので、写真を見るわれわれは、コウノの視線と同化してその場面にすっと入り込むことができる。さりげないようで、高度に吟味されたシークエンスの連なりといえるだろう。もうひとつ特徴的なのは、画面の暗部(影、陰)の処理の仕方で、被写体のディテールを潰すか出すかのギリギリの選択がなされている。コウノはカラープリントの自家処理にこだわり続けているが、色味の調整や明暗表現に繊細な神経を働かせているのが伝わってくる。
コウノのどちらかといえば地味な写真群は、華やかなスポットライトを浴びることはないかもしれないが、いぶし銀の輝きを放ちはじめている。日本国内の写真と海外の写真は、いまのところ別々の枠組みで発表されているが、それらがいつか融合してくることもありそうだ。

2016/08/03(飯沢耕太郎)

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