artscapeレビュー

2017年09月15日号のレビュー/プレビュー

時差『隣り』

会期:2017/08/30~2017/09/03

green & garden[京都府]

「時差」は、特定の演出家や劇作家によるカンパニーではなく、複数のアーティストが同じコンセプトを共有しながら、それぞれの新作公演をプロデュースする企画団体。第1回目の企画「動詞としての時間」では、精神科医の木村敏の著作を読み、「臨床哲学」の言葉を手がかりに、演劇、ダンス、映画作品の制作を企画している。
今回上映された映画『隣り』(監督:城間典子)は、城間の幼馴染であり、高校3年の時に統合失調症と診断された女性との共同制作による。本作の特徴は多層構造にあり、過去/4年後の「現在」、再演/ドキュメンタリー、当事者の語り/第3者による証言、といった異なる位相や視点から構成される。映画は大きく2つのパートから構成され、1)幼馴染の女性が心のバランスを大きく崩した時期を、彼女自身が「劇映画」として再現するパートと、2)その4年後に城間が再び彼女を訪ね、編集された映画を見てコメントする様子や、現在の生活を淡々と記録したパートが交互に映し出される。その合間に、高校時代の複数の友人の語りが(おそらく当時のスナップ写真を背景に)挿入され、彼女が演劇部に所属していたこと、演技に情熱を持っていたこと、しかしある時期から様子がおかしくなり、通学も演劇も続けられなくなったことなどが語られる。
本作は一見すると、断片的でとりとめのない印象を受ける。雑多なものが散乱した自宅で、両親や城間と交わす他愛のない会話。弛緩的な日常風景の中に、時折入れ子状に挿入される「劇映画」にも、明確なストーリー性がある訳ではない。彼女自身がノートに綴った「ト書きと絵コンテ」が映し出され、「臭い、死ね」といった「幻聴の声」をアフレコする友人らに「監督」としてダメ出しするシーンも挿入され、これが「再現」すなわちフィクションであることをあからさまに示す。またこの「劇映画」は旧式のビデオカメラで撮影されたため、画質の粗さや縦横比の違いによって「ドキュメンタリー」パートとは明確に区別される。そうした何重ものメタ的な自己言及性に加え、複数の友人による証言が並置される構造は、黒澤明の『羅生門』を想起させ、「当事者による語り、再現」を相対化していく。それは、「物語映画」への構造的な批評であるとともに、彼女とその病についての一義的で安易な「理解」を拒むように働きかけ、「精神病患者」「障害者」としてカテゴリー化して描写せず、他者として一方的に簒奪しないための倫理的な身振りでもある。

2017/08/30(水)(高嶋慈)

プレビュー:KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017

会期:2017/10/14~2017/11/05

ロームシアター京都、京都芸術センター、京都芸術劇場 春秋座、京都府立府民ホール “アルティ”、京都府立文化芸術会館、ほか[京都府]

8回目を迎えるKYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭(以下「KEX」)。公式プログラムでは、12組のアーティストによる計12の公演や展示を予定。
今回の大きな特徴は2点あり、1点目は「東アジア文化都市2017京都」コア期間事業の舞台部門として、中国と韓国のアーティストが初紹介される。スン・シャオシンは、ネットやサブカルチャーに浸る中国現代社会の若者を描く作品を発表。また、パク・ミンヒは、韓国の無形文化財である伝統的唱和法「ガゴク(歌曲)」を習得した歌い手。宮廷音楽として確立され、親密な閉鎖的空間で歌われた「ガゴク」の鑑賞形態も取り入れ、パフォーマーと観客が1対1で向き合う上演形式も注目される。ネットやサブカルへの耽溺といったグローバルな現象と、伝統文化の再考。こうした文化的アイデンティティをめぐる考察は、村川拓也、神里雄大、ダレル・ジョーンズ、マルセロ・エヴェリンの作品へと繋がっていく。ドキュメンタリーやフィールドワークの手法を演劇に取り入れる村川拓也は、中国と韓国でのリサーチに基づく新作を発表する。ペルー生まれ、川崎育ちという自らのアイデンティティから、移民や他者とのコミュニケーションを主題化してきた神里雄大は、ブエノスアイレスでの滞在経験に加え、近年訪れたオセアニア、小笠原など各地での取材を基にした新作を予定。現地で出演者を見出し、スペイン語での上演を行なうという。また、アメリカの振付家、ダンサーのダレル・ジョーンズは、ゲイ・クラブで広まったヴォーギングからインスパイアされたダンスを通して、ステレオタイプなセクシャリティや抑圧への抵抗を身体表現化している。日本で滞在制作した新作を発表する予定。ブラジルの振付家、パフォーマーのマルセロ・エヴェリンは、過去2回のKEXで衝撃的な作品を観客に突きつけてきた。今回は、舞踏を生んだ土方巽の著作『病める舞姫』を手掛かりとした作品が上演される。極限的な肉体や暴力性を提示してきたエヴェリンが、土方の思想とどう対峙するのかが注目される。


左:スン・シャオシン『Here Is the Message You Asked For... Don't Tell Anyone Else ;-)』 Photo by Chen Jingnian
右:パク・ミンヒ『歌曲(ガゴク)失格:部屋5 ↻』© Festival Bo:m

また、2点目の特徴として、上記のパク・ミンヒに加え、ハイナー・ゲッベルスの音楽劇や池田亮司による「完全アコースティックなコンサート」など、「音楽」との関連性がある。他領域との横断、総合芸術としてのパフォーミングアーツという点では、光と影が巨大な幻想世界をつくり出す田中奈緒子のインスタレーション・パフォーマンスや、美術作家の金氏徹平の映像作品『Tower』をライブ・パフォーマンスとして演劇化する新作がある。また、今年3月に逝去したトリシャ・ブラウンのダンスカンパニーは、「霧の彫刻」で知られる中谷芙二子とのコラボレーション作品のほか、劇場用に制作された作品群を上演する。


左:ハイナー・ゲッベルス×アンサンブル・モデルン『Black on White』 © Christian Schafferer
右:2人『TOWER (theater) 』2017  Photo by Hideto Maezawa

8回目の開催ともなれば、2度、3度と登場する「常連」的な顔ぶれも見受けられる(村川拓也、マルセロ・エヴェリン、池田亮司、金氏徹平、トリシャ・ブラウン・ダンスカンパニー、そしてリサーチプロジェクトとして参加するresearchlight)。そうしたフェスティバルの「基底」に厚みが加わっていくと同時に、新たなアーティストや方向性が加わることで、より太く展開していくフェスティバルの幕開けに期待がふくらむ。
公式サイト: https://kyoto-ex.jp

*ダレル・ジョーンズ『クラッチ』は事情により上演が中止になりました。(2017年9月22日編集部追記)

2017/08/31(木)(高嶋慈)

プレビュー:猿とモルターレ アーカイブ・プロジェクトin大阪

会期:2017/10/28~2017/10/29

FLAG STUDIO[大阪府]

『猿とモルターレ』(演出・振付:砂連尾理)は、「身体を通じて震災の記憶に触れ、継承するプロジェクト」として、公演場所ごとに市民とのワークショップを通じて制作されるパフォーマンス作品。2013年の北九州、2015年の仙台公演を経て、2017年3月に大阪で上演された(大阪公演の詳細は、下記の関連レビューをご覧いただきたい。メタファーを随所に散りばめつつ、声と身体を駆使した圧倒的なパフォーマンスと反復の密度をたたえた、優れた舞台だった)。この大阪公演では、震災後の東北で記録と継承の活動に取り組む映画監督の酒井耕とアーティスト・ユニットの小森はるか+瀬尾夏美が参加し、朗読テクストの提供や記録撮影を手がけた。
今回の「アーカイブ・プロジェクトin大阪」は2日間に渡って行なわれる。1日目は、映像作家の小森による上演の記録上映会と、記録映像と「継承」のあり方について考える「てつがくカフェ」が開催される。2日目には、瀬尾のテクストの朗読ワークショップと、酒井による映像ワークショップを開催。それぞれのワークショップでは砂連尾も講師として加わり、「身体を使ってテクストを読む」「声や身体による出来事の継承」や、「カメラに撮られる身体の変容」「記録メディアによる出来事の編成の危うさとその可能性」について考えるという。
本プロジェクトは、「震災の記憶の継承」という問題に加えて、「舞台芸術の一回性や身体性をどう記録するか」というパフォーミングアーツにおける「記録」やアーカイブの問題についても考える好機となるだろう。また、単なる記録映像ではなく、映像作家や映画監督すなわち表現者としての視点や問題意識をどう取り入れるか、という点にも注目したい。なお本プロジェクトは、来年3月10日~11日にせんだいメディアテークにおいても開催が予定されている。

撮影:松見拓也

関連レビュー

砂連尾理『猿とモルターレ』|高嶋慈:artscape レビュー

2017/08/31(木)(高嶋慈)

第6回EMON AWARDグランプリ受賞作 大坪晶展

会期:2017/08/18~2017/09/09

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

毎年開催されるEMON AWARDのグランプリ受賞者は、EMON PHOTO GALLERYで個展を開催する権利を得る。大坪晶はその第6回目の受賞者で、今回は受賞作の「Portrait and Crowd」のシリーズのほかに、新作の「Portrait of Women」、「種の起源/On the Origin of Species」、そして立体作品の「Collective Memories of a Family─ある家族の集合的記憶」を展示していた。
大坪の作品は、パネルに大量の画像を貼り付けたコラージュ作品である。一見すると、ただのポートレートのようだが、細部に目を凝らすと、それらが豆粒のように小さな群衆の集合写真でつくられていることがわかる。「無数の見知らぬ人々の記憶のつらなり」と「作者の個人的系譜」が重なり合う「Portrait and Crowd」のシリーズは、コンセプトと技術とが完璧に融合した質の高い作品群だった。今回発表された新作の「Portrait of Women」では、その試みをより社会性、歴史性のほうへ押し広げて、樋口一葉、平塚らいてう、ヴァージニア・ウルフという、ほぼ同時代に生きた3人の女性作家、活動家のポートレートをテーマに大作にチャレンジしている。
たしかに、「政治性や社会性について考察するケーススタディ」として面白い試みなのだが、以前の作品に見られた写真そのものの生々しい物質感が希薄になっているので、どこか平板な印象を受ける。第二次世界大戦に従軍した祖父の記憶を辿る「種の起源/On the Origin of Species」や、顔の形の立体にコラージュした「Collective Memories of a Family─ある家族の集合的記憶」のほうが、写真の使用については積極的であり、よりダイナミックな構造を備えた作品として成立していた。このままだと、写真をもとにコラージュすることの意味が、薄れていってしまうのではないだろうか。

2017/08/31(木)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス|2017年9月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

芸術公社アニュアル 2016-2017


発行:特定非営利活動法人芸術公社
発行日:2017年7月31日
サイズ:A5判、55ページ

芸術公社の立ち上げから丸2年。2016年4月から2017年3月末までの1年間、芸術公社が日本、アジア各地で行なった作品創作、ワークショップ、教育プログラム、リサーチなど多岐にわたる活動を総括した報告書。

芸術公社ウェブサイトよりPDF版を無料でダウンロード可
サンシャワー:東南アジアの現代美術展 1980年代から現在まで


企画・編集:佐々木瞳、湯原公浩、水野良美、関口秀紀
アートディレクション:尾原史和(SOUP DESIGN)
デザイン:高室湧人、加納大輔(SOUP DESIGN)
発行:国立新美術館、森美術館、国際交流基金アジアセンター
制作:平凡社
発行日:2017年8月10日
価格:3,600円(税別)
サイズ:A4変判、328ページ

ASEAN(東南アジア諸国連合)設立50周年を記念して国立新美術館、森美術館、国際交流基金アジアセンターが共同主催する国内過去最大規模の東南アジア現代美術展の展覧会図録。

都市は人なり──「Sukurappu ando Birudoプロジェクト」全記録


著者:Chim↑Pom
発行:LIXIL出版
ブックデザイン:吉岡秀典(セプテンバーカウボーイ)
発行日:2017年8月20日
定価:2,800円(税別)
サイズ:20×22cm、228ページ

本書は、歌舞伎町の取り壊し直前の振興組合ビルで行われた展覧会+イベント「また明日も観てくれるかな?」から、高円寺のキタコレビルの地下に歌舞伎町のビルの瓦礫を埋め、建築家・周防貴之との協働により、そのうえに道(公共圏)を通すまでの一連の活動「Sukurappu ando Birudoプロジェクト」の全記録である。都市を舞台に活動してきたChim↑Pomが、その活動によって都市の姿を更新していく過程を、膨大な記録写真と関係者の証言で克明に写し取る。しかしこのプロジェクトは本書で完結していない。その最終形は、東京の再開発にゆだねられているのである。


建築学生ワークショップ比叡山 2017


制作・編集:特定非営利活動法人アートアンドアーキテクトフェスタ
発行:特定非営利活動法人アートアンドアーキテクトフェスタ
発行日:2017年8月30日
定価:1,852円(税別)
サイズ:A4判、80ページ

全国の大学生を中心とした、地域滞在型建築ワークショップの全記録。2017年度の開催地は、比叡山。全国から集まった50名の大学生が、国内外で活躍中の講師の指導のもと、ちいさな建築作品を具現化させる。各作品のコンセプトから総評までを、豊富な図版とともに収録したドキュメントブック。


「Robert Frank: Books and Films, 1947-2017」展カタログ


構成:ゲルハルト・シュタイデル、ナディーン・レーゼ、林寿美
デザイン、編集:株式会社神戸新聞総合印刷
発行:「Robert Frank: Books and Films, 1947-2017」展実行委員会
発行日:2017年9月2日
サイズ:40 x 54.5cm、12ページ

9月22日(金)までデザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)で開催中の同展のカタログ。開催各地で発行されている新聞形式のカタログの翻訳版も好評を得ている。


ヴァナキュラー・モダニズムとしての映像文化


著者:長谷正人
発行:東京大学出版会
発行日:2017年9月12日
定価:3,500円(税別)
サイズ:四六判、288ページ

写真やジオラマ、映画、テレビなどといった複製技術による映像文化が切り開く「自由な活動の空間」の可能性を、高踏的なモダニズムではなく、ヴァナキュラー・モダニズム──日常生活の身体感覚に根差した──の視点から探究する、横断的映像文化論の試み。


織物以前 タパとフェルト


アートディレクション:祖父江慎
発行:LIXIL 出版
発行日:2017年9月15日
定価:1,800円(税別)
サイズ:A4変判、76ページ

本書では、貴重な古写真から原初の布の風景を巻頭グラビアに、タパ研究の第一人者、福本繁樹氏による南太平洋のタパ紀行と東西アジアでフィールド調査を行った長野五郎氏によるフェルト紀行を図版展開。布の技術の広がりや機への発展なども考察しながら、装飾や衣文化の原点に立ち返る。


2017/09/14(木)(artscape編集部)

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2017年09月15日号の
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