artscapeレビュー
2018年10月15日号のレビュー/プレビュー
ジョージ・クブラー『時のかたち──事物の歴史をめぐって』
訳者:中谷礼仁、田中伸幸
翻訳協力:加藤哲弘
発行所:鹿島出版会
発行日:2018/08/20
待望の翻訳である。アメリカの美術史家ジョージ・クブラー(1912-1996)が1962年に刊行した本書は、小著ながら、20世紀に書かれた美術をめぐるもっとも重要な著作のひとつに数えられるだろう。本書の帯文における「革命的書物」(岡﨑乾二郎)という言葉はけっして誇張ではなく、刊行から半世紀を経た今日においても、本書のもつ輝きはまったく失われていない。
本書のテーマは、副題にもある「事物の歴史」である。もう少し限定するなら、「人間の手によって作られた事物の歴史」こそが本書の主題である、と言ってもよい。本書において、クブラーは「芸術」概念を「人間の手によってつくり出されたすべての事物」に広げてみることを提案する。すなわち「美しいものや詩的なものに加えて、すべての道具や文章までも」芸術に含めてみることを提案するのだ(14頁)。そのような前提から出発し、最終的にはあらゆる事物(人工物)の歴史を把握するための適切な方法を探し出すことが、本書では試みられる。
クブラーが仮想敵とするのは、芸術を「象徴的言語」(カッシーラー)とみなし、そこに含まれる意味を見いだすことに躍起になるイコノロジーや、各時代の「様式」を所与のものとみなす旧態依然とした美術史研究である。これに対し、彼が提案するのは、「意味」ではなくあくまでも「かたち」の観点から事物の歴史を精査していくというスタンスだ。ここには、『かたちの生命』(1934)の著者にして、ヨーロッパからの亡命中にイェール大学でクブラーを指導したアンリ・フォシヨン(1881-1943)の影響を見ることもできるし、彼自身が先コロンブス期のアメリカ美術を専門とする美術史家であったがゆえの洞察と見ることもできる。
シリーズとシークエンス、自己シグナルと付随シグナル、素形物と模倣物といった独自の概念によって、事物から事物への「かたち」の伝播を把握するための方法論を描き出していく本書の知見は、美術史研究にとどまらず、広く人工物を対象とする私たちの思考を今なお刺激してやまない(余談ながら、ジョン・バルデッサリやロバート・スミッソンなど、本書に影響を受けたアーティストもそれなりの数におよぶ)。しかし本書の何よりの魅力は、前述の概念群をもとに展開された思索を支える、簡潔かつ詩情に富んだ文体にある。「現在性とは、灯台からの閃光と閃光の合間にできる暗闇」である(44頁)といった記述などが、おそらくそのひとつの例になりうるだろう。適切な訳註を備えた本訳書にもまた、そのようなクブラーの筆遣いは十全に反映されている。
最後に、いささか長くなるが、ここまで述べてきた本書の問題意識の核心を伝えていると思われる一節を引用して締めくくりたい。ここでクブラーが「海」に喩えている事物の総体は、今では当時とはまた異なった姿をまとっているはずである。しかしその事実が、この警句の意義を減じることはいささかもない。問題は、私たちがそれを、どれほど真剣に受け止めることができるかという点にこそかかっている──「これまで生み出された時のかたちは、限られた数の類型から派生した無数の形態で占められた、海のようなものである。それらをつかまえるには、今使われているものとは違う編み目を持った網が必要なのである。様式概念はそのような網にはなりえない。[……]建築、彫刻、絵画や工芸についてのこれまでの歴史学では芸術的行為の些細な細部も、主要な細部も、いずれをも取り逃してしまう。単体の芸術作品を取り上げた研究論文は、積み上げられた壁の所定の位置に嵌め込むために整形された嵌め石のようだ。しかし、その壁自体は、目的も計画もなしに建造されているのである」(72-73頁)。
参考
アートワード「『時のかたち ものの歴史についての覚え書き』ジョージ・キューブラー」(沢山遼)
2018/10/08(月)(星野太)
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2018/10/15(artscape編集部)