artscapeレビュー

2010年09月01日号のレビュー/プレビュー

カルロス・フラド写真展 Waves of Silence

会期:2010/07/24~2010/08/22

TANTO TEMPO[兵庫県]

メキシコ出身で現在は日本で活動する写真家の個展。主に明け方の海岸を長時間露光で撮影した作品は、鏡面のように固まった海の表情もあって、完全な静寂が支配する超自然的世界を描き出す。本展では雪山の情景など今まで見たことがないモチーフにも挑戦しており、作風の更なる広がりが感じられた。

2010/08/07(土)(小吹隆文)

『何も変えてはならない』

会期:2010/07/31

ユーロスペース[東京都]

2009年製作のペドロ・コスタ監督作品。フランス人女優のジャンヌ・バリバールが歌う、ライブのリハーサルからレコーディング、レッスンなどを執拗に追い続けた映画で、光と影を絶妙にとらえたモノクロの映像がほんとうに美しい。ワンカットが異常に長い構成は、ともすると鑑賞者を退屈させがちだが、入念に考えられた(ように見える)画面の構図とバリバールの官能的な歌声のおかげで、決して飽きることがない。日本の喫茶店で煙草をくゆらす2人の渋いおばあちゃんを写した映像が、唐突に差し挟まれるなど、遊び心をきかせた編集もいい。

2010/08/09(月)(福住廉)

間芝勇輔 展「交!(まじめ)」

会期:2010/08/04~2010/08/29

京都造形芸術大学 ギャラリーRAKU[京都府]

子どもの落書きのような純真さと、洗練されたデザインセンス、そして驚くべき直感の冴えを併せ持つ間芝の世界。大量のドローイングと2点の映像からなる本展は、過去最大の規模を取ることで彼の魅力を伝えることに成功していた。京都出身ながら大阪でのみ発表していた彼にとって、本展は地元初個展。それゆえ普段以上に奮発したのかもしれない。間芝は今秋から東京に移住するらしい。関西で彼の作品を見る機会が減るのは残念だが、最後に大きなプレゼントを残してくれたことには感謝したい。

2010/08/10(火)(小吹隆文)

イノセンス─いのちに向き合うアート─

会期:2010/07/17~2010/09/20

栃木県立美術館[栃木県]

ハンディキャップをもつ人や独学のアーティスト、あるいは障がいをもつ人のアートに関わるアーティスト、さらには生命に向き合うアーティストなどを区別することなく勢ぞろいさせた企画展。草間彌生や奈良美智、田島征三、イケムラレイコなど著名なアーティストのほかに、舛次崇、松本国三、佐々木卓也、丸木スマ、大道あやなど、あわせて38人のアーティストたちによる、およそ200点あまりの作品が展示された。近年、いわゆるアウトサイダー系のアーティストを紹介する展覧会が盛んだったが、無名かつ驚異のアーティストを紹介する動きはひとまず落ち着きを見せ、昨今は彼らの作品とキャリアも知名度もあるアーティストによる作品を同じ舞台で見せようとする展覧会が相次いでいる。水戸芸術館現代美術センターの「LIFE」展(2006)しかり、広島市現代美術館の「一人快芸術」(2009-2010)展しかり。もちろん、それぞれの展覧会のねらいには微妙な温度差が見られるが、本展もまた、そうした動向の延長線上に位置づけられる。じっさい、本展の全体は、アーティスト本人の属性ではなく、色やかたち、物語性など、あくまでも作品の形態を基準にして構成されていた。ここには、障がいの有無やキャリアの大小を問わず、すべての作品を等しく見せようとする企画者の意図がうかがえる。たしかに展覧会を見ていくと、すべての作品にそれぞれ「独自のルール」が貫いていることに気づかされたが、そこに託された心理や記憶、欲望のかたちにはプロとアマ、障がいの有無などはほとんど関係がないことがわかる。ただし、俎上に乗せる機会は平等である必要があるかもしれないが、そこで発表された作品の評価は厳密に下さなければならない。展覧会の全体を見終わったとき、もっとも強烈に記憶に焼きついていたのは、圧倒的に草間彌生だった。発表された「愛はとこしえ」シリーズは、白い画面におびただしい黒の線と点が次々と連鎖しながら増殖していく様子を描いた絵画で、その異常な密度もさることながら、ある一定のルールにのっとりながらも、決して定型化にはいたらないバランス感覚が絶妙である。これは、多くの凡庸なアーティストにも、いわゆるアウトサイダのアーティストにも見られない、草間彌生ならではの特質である。

2010/08/10(火)(福住廉)

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浜田知明の世界展──版画と彫刻による哀しみとユーモア

会期:2010/07/10~2010/09/05

神奈川県立近代美術館 葉山館[神奈川県]

今年で93歳になる、版画家にして彫刻家、浜田知明の個展。50年代に制作された銅版画による《初年兵哀歌》シリーズをはじめとする版画作品173点のほか、ブロンズ彫刻73点、デッサンや資料などあわせて300点あまりの作品が一挙に公開された。時系列に沿った構成であるため、浜田の関心が戦争の記憶を版画に定着させることから、社会や時代の風刺へと切り換わり、そして人間の根源を形象化したブロンズ彫刻へと展開した軌跡をたどることができる。そこに一貫しているのは、おそらくは必要最低限のことだけを表現する構えだろう。戦争の悲惨な光景を写実的に描写してメッセージ性を過剰に膨らませるのではなく、かといって抽象化して戦争という主題を曖昧にしてしまうのでもなく、浜田の版画には必要な線を必要な空間にただ配置したかのような単純明快さがある。捨象の美学ともいうべき浜田の態度は、どの角度から見ても無駄な造形が見られないほど簡潔な、近年の彫刻にも通底している。版画にしろ彫刻にしろ、いずれも身に余るほど巨大なサイズではなく、自分の手のひらで制作できる範囲の大きさに限られているところに、等身大の芸術を志してきた浜田の誠意が表れているような気がした。

2010/08/11(水)(福住廉)

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