artscapeレビュー
2010年09月01日号のレビュー/プレビュー
オルセー美術館展2010「ポスト印象派」
会期:2010/05/26~2010/08/16
国立新美術館[東京都]
入場者が78万人を記録した、ポスト(後期)印象派の展覧会。ドガ、モネからシニャック、スーラ、さらにはセザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンなど、10のセクションに分けて115点のマスターピースが展示された。「ポスト印象派」という言い方は、イギリスの美術批評家ロジャー・フライが1910年に企画した「マネとポスト印象派」展に由来しているそうだが、「後期」ではなく「ポスト」に固執しているのは、「後期印象派」だと印象派の後半期と誤解されかねないからだという。じっさい、本展の出品作品を見ると、ロートレックやベルナール、ボナール、モロー、そしてアンリ・ルソーまでも含まれているから、印象派の後半期というには余りあるほど、その顔ぶれは多様である。逆にいえば、「ポスト」の射程があまりにも広範であるがゆえに、それがいったい何を意味しているのか、判然としないとも言える。けれども、たとえば「ポストもの派」が「もの派」の可能性を継承しつつも、その限界を批判的に乗り越えるカテゴリーとして位置づけられているように、もともと「ポスト」という言い方には、肯定的にせよ否定的にせよ、つねに前の時代を踏み台にして次の時代を切り開く運動性が込められているから、何か特定の表現様式を指すというより、その運動性の勢いを内外にアピールする宣言のようなものなのだろう。
2010/08/16(月)(福住廉)
桑久保徹 海の話し 画家の話し
会期:2010/08/07~2010/09/26
トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]
画家・桑久保徹の個展。初期の作品から近作の肖像画まで、30点あまりの絵画と数点の写真などが展示された。架空の画家であるクウォード・ボネに扮して浜辺の風景画を描くことで知られているが、今回の個展ではボネのポートレイト写真が展示されたほか、隣接するカフェではボネの絵と同じように浜辺で男たちが穴を掘り続ける映像も発表された。桑久保の代名詞ともいえる浜辺の絵は、おおむね大空・海・浜辺という三層によって構成されており、画面の配分もほとんど変わらないし、絵筆のタッチをそれぞれの層によって描き分けるという点も一致しているから、浜辺で繰り広げられる光景に違いはあっても、絵の形式としてはすでに完成されていると言える。砂浜に巨大な穴を掘るという光景は安部公房の世界を連想させがちだが、想像上の画家を設定したうえでモチーフとしてアトリエや彫刻室を描くあたりには、画家というアイデンティティへの強いこだわりの意識が感じられる。それが素直な描写が否定されがちな現在の美術制度の中で辛うじて描写を成立させるための方法的な戦略であることは理解できるにしても、これだけ多種多様な絵画作品が盛んになっている現在、その戦略はすでに役目を終えたようにも思える。むしろ、そうした自己言及性とは無関係に想像力を駆使したほうが、より自由でおもしろい絵画空間が生まれるのではないかとすら期待できる。その意味で、今回新たに発表された肖像画のシリーズは、メディウムを厚く塗る手法は変わらないものの、モチーフが浜辺からより直接的な他者へと移り変わったという点で興味深い。題名の言葉のセンスも鋭い。
2010/08/18(水)(福住廉)
室伏鴻『常闇形 Hinagata』
会期:2010/08/18
snac[東京都]
同会場で行なわれているChim↑Pom「Imagine」展に室伏鴻が触発され突如行なわれた本公演。「見えないことを想像する」というChim↑Pomのテーマを舞踏者が引き受けるとどうなるかといった問いに答える意欲作となった。「闇のなかで踊るなんてギャグかよ!」と突っ込みたくなる気持ちは、床や壁をガリガリとひっかく音が小さい会場に響きはじめると消えてなくなった。ああ、室伏は目のみならず耳にも訴える舞踏者だった、と思い出した。かすれる呼吸の音、小さな叫び声、体をよじるときのうめく声、激しい声……。その声が、ときに鳥のように、ときに赤ん坊のように、ときに得体の知れない怪物のように聞こえる。物まねではない。模倣の技量に驚くわけではない。ただただ、室伏の「なること(生成変化)」に巻き込まれ、導かれ、置いて行かれてしまう、その事態に唖然とし、その一瞬一瞬を堪能する。目が慣れて薄闇になったあたりで、激しい上下動を繰り返しながらうめき声を上げたとき、その反復動作が次々と似て非なるイメージを生み出していった。差異と反復。室伏を見ること以外では生まれえない豊かで知的で野蛮な時間がこの夜は生まれた。真鍮板、白いオーガンジー、塩など、過去のソロ作品でも彼にはパートナーがいた(そうした姿勢はジーン・ケリーに似ている)。生成変化のトリガーとして今回の「闇」はなかなかよいパートナーだったといえるかもしれない。近年では、海外公演が多い室伏だが、日本の観客にも雄姿をもっとみせて欲しいものだ。
2010/08/18(水)(木村覚)
あいちトリエンナーレ2010 都市の祝祭
会期:2010/08/20~2010/10/31
愛知芸術文化センター、名古屋市美術館、長者町会場、納屋橋会場、七ツ寺共同スタジオ、他[愛知県]
「瀬戸内国際芸術祭」と並ぶ今年最も話題のアートイベントにさっそく出かけてきた。都市型イベントである「あいちトリエンナーレ」では、地下鉄で1~2駅の距離に会場が集中しているのが特徴。交通事情を気にせず自由に移動できるのがありがたい。展示は2つの美術館と街中が半々といった感じで、異なる環境での展示を同時に味わうことでアートの多様なポテンシャルを引き出そうとしているように感じた。筆者のおすすめは、愛知芸術文化センターの松井紫朗、蔡國強、三沢厚彦+豊嶋秀樹、宮永愛子、名古屋市美術館のオー・インファン、ツァイ・ミンリャン、塩田千春、長者町エリアの渡辺英司、山本高之、ナウィン・ラワンチャイクン、二葉ビルの梅田哲也、中央広小路ビルのピップ&ポップだ。納屋橋会場と七ツ寺共同スタジオには残念ながら行けなかった。また、美術展を優先したため、パフォーマンスや演劇系の公演を見てないのも悔いが残る。食事や観光など街を楽しむことができなかったのも同様だ。テーマに「都市の祝祭」を掲げるイベントだけに、美術展とパフォーマンスを観覧するだけでなく、食事や観光など名古屋の街の魅力も味わい尽くして初めてその真価がわかるはず。次に出かける時はしっかり予習して、アートと街遊びの両方を満喫したい。
2010/08/20(金)(小吹隆文)
プレビュー:BIWAKOビエンナーレ2010“玉手箱─Magical World”
会期:2010/09/18~2010/11/07
近江八幡市旧市街地15カ所[滋賀県]
琵琶湖畔の城下町として栄え、近江商人の拠点としても知られる近江八幡市。その旧市街地には築100年を超す建築が今なお数多く残り、街並みも往時の状態が良好に保たれている。今年で4回目を迎える「BIWAKOビエンナーレ」では、そうした古い建築や聖徳太子が開いた願成就寺、広さ約1000�Fの元瓦工場などを舞台に国内外約50組のアーティストが作品を展示。町の象徴ともいえる八幡掘にはアーティストと地元の子どもたちが制作したアート船が就航するなど、地区全体が現代アートに包まれる。「瀬戸内国際芸術祭」や「あいちトリエンナーレ」のように大規模ではないが、コンパクトであるがゆえに親近感が持てるイベントだ。
2010/08/20(金)(小吹隆文)