2017年11月15日号
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artscapeレビュー

コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭展

2017年11月01日号

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会期:2017/09/09~2017/10/15

武蔵野市立吉祥寺美術館[東京都]

青野文昭は震災以前から「修復」をテーマにした造形作品を制作してきたが、震災以後、その素材を被災物にしたことから、現在はポスト311の文脈で語られることが多い。その作品とはコラージュのように異物と異物を組み合わせた造形物。だが接続面がシームレスに処理されているため、とりわけ高い異化効果が発揮されているわけではない。むしろ、あたかもその形態が自然であるかのような佇まいで屹然とした存在感を放つところに青野作品の真骨頂がある。
本展は青野の最新作を見せた個展。同館周辺の吉祥寺の街で採集した自転車や箪笥などを縦横無尽に組み合わせた巨大なインスタレーションを発表した。いま「縦横無尽」と書いたが、これは決して比喩ではない。今回発表されたインスタレーションは、これまでの青野の作品と比べてみても、ひときわ造形の身ぶりが全面的に開示されていたからだ。
2013年、東京のギャラリイKで開催された個展では、津波に流された邸宅の床の模様と座卓を融合した作品だったせいか、全体的に水平方向のイメージが強く打ち出されていた。造形は慎重に抑制されていたと言ってよい。しかし、2015年、同じく東京のギャラリーαMでの個展あたりを契機に作品のイメージは垂直方向に転じる。記念碑に近い構築性が出現し、そこには造形への欲望が渦巻いているように見えた。
そして今回発表された新作は、その造形への欲望が外側にあふれ出ているかのようだった。トラックと箪笥が合体したかと思えば、その箪笥の中から自転車が飛び出ている。積み上げた文庫本の塊は子どものように見えるし、箪笥の中には傘をさした男が立っているようだ。これまで青野はきわめて慎重に物と物を融合させてきたが、今回の新作はむしろ大胆に物と物を合体させ、しかも人のイメージを強く打ち出すことで物と人が一体化したような世界をつくり出しているのである。
事実、このインスタレーションは内側に入り込める構造になっていたが、そこには家族写真や古時計などが残されていたせいか、まるで誰かの家庭の居間のような気配が漂っていた。人を実在させているわけではないにもかかわらず、人の気配を濃厚に立ちこめさせること。物質と物質を融合させながら、そのはざまに人間の痕跡を照らし出すこと。青野の眼と手は明らかに物質の先に人間を弄り出そうとしている。重要なのは、その人間像である。それは、むろん現代人の写実的な反映などではありえない。青野によるキメラ的造形のなかで生きる、あるいはそこから飛び出てくるかのような人間は、純然たる人間などではなく、まさしくキメラ的人間なのだ。それが等身大の自画像のように見えたとき、戦慄が走るのである。

2017/09/13(水)(福住廉)

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