2017年11月15日号
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artscapeレビュー

大駱駝艦・天賦典式 創立45周年『擬人』

2017年11月01日号

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会期:2017/09/28~2017/10/01

世田谷パブリックシアター[東京都]

大駱駝艦の舞台には、文明論を語るという特徴がある。現代社会のありさまとは何か、そこで人間はどう変容しているのか、そうした問いを大づかみで捉え、客席に投げかける。日本のコンテンポラリーダンスが「日常」に自分の座を据えてきたのと比べると、文明論的な視点はダイナミックに映る。文明を語ることで、まるでハリウッドあるいはネット配信のSF映画のようなエンターテインメントへと接近するのも面白い。舞台の冒頭、2列で横並びになった踊り手たち10人ほどが、顔を観客に向けてしゃがむ。すると、「カクッ、カクッ、カクッ」と小刻みに首を傾ける。時計の秒針のような規則性は、その身体が「作り物(人造人間)」つまり「擬人」であることを示唆する。その規則性が全身におよび、歩く姿もカクカクしている。そこで生じるシンプルな動作の反復は、GIFが作るループのような独特のグルーヴを生み出す。大駱駝艦が得意とする群舞は、こうした「人間に似たロボットの跋扈する世界」を描くのに効果的だ。舞台中央には、KUMA(篠原勝之)制作の樹木が一本立っている。幹はときどき青く光る。生命が機械化した世界の象徴だ。「擬人」たちはガラスケースに陳列されている。両腕に長い金属の義手を着けた女が彼らに合図を送る。すると、彼ら擬人は上半身をむき出しにして回転しながら動き出す。その動作も繰り返されることで、奇妙なグルーヴ感が生まれてくる。麿赤兒は、打ち捨てられたはずのダッチワイフ型の人形に紛れて、樽に入った状態で現れる。怯えたような表情が、麿独特のテンションを引き出す。その後、両手両足を鎖で繋がれたフランケンシュタインみたいな男(村松卓矢)も現れると、ゴジラを彷彿とさせるような大声で吠える。男は、サーカスの支配人?らしき人間(KUMA)に操られている。麿扮する人物もこの人物に囚われるが、最後に、自分の鎖を巻きつけ、形勢が逆転したところで、スクリーンに「つづく」と文字が出て本作は終了。最近映画の世界では二部作形式のものがあるけれど、まさにそうした作りで、翌週上演の後編『超人』に続く。

2017/09/28(木)(木村覚)

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