2017年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

2017年08月01日号のレビュー/プレビュー

山谷佑介「Into the Light」

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会期:2017/07/14~2017/07/18

BOOKMARC[東京都]

山谷佑介の新作は、いつもの路上スナップではなく、東京郊外の住宅地を、深夜に赤外線カメラで撮影したシリーズだった。赤外線カメラで撮影すると、色味がかなり変わって日常的な場面が非現実的な光景に変容する。だが、山谷の狙いはそこにではなく、むしろ「自己と他者との圧倒的な隔たりの中で、他者の領域に足を踏み入れる」というところにあるようだ。
たしかに、夜歩いていて、ふとこの家にはどんな人が住んでいるのだろうと思うことがある。写真で撮影したとしても、写りこむのは表層的な外観だけであり、苛立ちが募るばかりだ。それでも、彼が赤外線カメラでストロボを焚いて撮影した写真群を見続けていると、何かがじわじわと浮かび上がってくるような気がしてくる。「見えるもの」と「見えないもの」、あるいは「見ること」と「見られること」のあいだにそこはかとなく漂う、「妙な居心地の良さ」を感じさせる奇妙な気配こそ、山谷が今回のシリーズで見せたかったものなのではないだろうか。
表参道の洋書店の地下の会場には、大小20点の写真が並んでいた。そのままストレートにプリントした作品もあるが、黒い紙にプリントして闇の領域を強調したものもある。そういう微妙な操作は、展覧会と同時に発売された同名の写真集(T&M Projects刊)にも及んでいて、黒い用紙に印刷したページの間にノーマルなトーンの(といっても赤外線で変換された色味だが)写真のページが挟み込まれる構成になっている。そのあたりにも、山谷の写真家としての緻密な構想力がしっかりと発揮されていた。このような「小品」制作の経験を積み重ねつつ、次はぜひ大作にチャレンジしてほしいものだ。

2017/07/15(土)(飯沢耕太郎)

紀成道「Touch the forest, touched by the forest.」

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会期:0217/07/05~2017/07/18

銀座ニコンサロン[東京都]

紀成道(きの・せいどう)は1978年愛知県名古屋市生まれ。2005年に京都大学大学院工学部エネルギー科学研究科を中退し、写真家の道を選んだ。今回の展示は、北海道苫小牧市の近郊の精神科病院の「森林療法」の場面を撮影した写真、35点で構成されていた。病院を取り囲む森には全長1.7キロに及ぶ散策路が設けられており、患者さんたちは週一回の「森林療法」に参加することができる。紀が撮影したモノクロームの写真には、自然に包み込まれ、晴れやかな笑顔を見せる患者さんたちの姿が写り込んでおり、開放的な雰囲気で行なわれている治療の様子がしっかりと伝わってきた。それとともに、患者さんたちの日々の暮らしや、森の季節の移り変わりもきちんと捉えられている。会場には木製のパネルに焼き付けた写真を組み合わせたインスタレーションもあり、気持ちよく写真を見ることができる環境が整えられていた。
紀がこのシリーズを撮り始めるきっかけになったのは、大学院時代に精神的に不安定になったときに、京都近郊の森に入って癒された経験があったからだという。たしかにこれらの写真を見ていると、いわゆる健常者と障がい者との境界線が、まさに紙一重のものであることがよくわかる。「人間と自然の接続域と、当事者と健常者の共存域」と、紀は「あとがき」に書いているが、たしかにその二つの領域が混じり合っている場所こそ、彼の被写体となった北海道の「ふれあえる森」なのだろう。作品は森での体験をベースにしつつ、繊細さと大胆さがうまく噛み合ったドキュメンタリーとして成立していた。
なお、展覧会にあわせて赤々舎から同名の写真集が刊行された。その表紙には、彼が森で拾い集めてきたという落ち葉が、一枚ずつ丁寧に挟み込まれている。

2017/07/15(土)(飯沢耕太郎)

アブラカダブラ絵画展

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会期:2017/06/03~2017/07/30

市原湖畔美術館[東京都]

同展のゲストキュレーター、カトウチカさんから熱心なお誘いを受け、東京駅前から高速バスでアクアラインを通って市原湖畔美術館へ行くハメになった。なんだかんだとここへ来るのも5回目。タイトルの「アブラカダブラ」とはいうまでもなく魔除けの呪文だが、もうひとつ「わけがわからずチンプンカンプン」という意味もあって、ここでは「得体の知れない絵画展」とでも訳すか。カトウの選んだアーティストは、佐藤万絵子、曽谷朝絵、原游、福士朋子、フランシス真悟、水戸部七絵ら12人。いま挙げた6人は、絵画といっても「絵画」の概念を問い直すような境界線上の作品で知られるが(偶然か、うち3人の名前に「絵」が入っている!)、残る6人のうち石田尚志、西原尚、松本力、村田峰紀はそれぞれ映像、音、アニメ、パフォーマンスのアーティストであり、絵画と無縁ではないものの完全に境界線を超えている。ここらへんが「得体の知れない絵画展」たるゆえんだろう。
小規模な美術館の割に出品者数が多いため、ひとり当たりのスペースが限られたせいか、旧作が多いのは残念なところ。監視員や額縁をシートに描いて壁に貼った福士、キャンバスに油彩で同語反復のように服や絨毯を再現する原、超テンコ盛りにした油絵具の重量に耐えきれず斜めに展示する水戸部、回転するドラム缶にスーパーボールを押しつけて意外な音を出す西原など、楽しめる作品も多い。もっとも感銘を受けたのは、正方形の格子天井にボールペンでガリガリと引っ掻き傷をつけた村田の《原初的身体所作図》だ。システィーナ礼拝堂の天井画を描いたミケランジェロのように、実際に上を向いて掻いたのか、それとも天井板を下ろして掻いたのかは知らないが、かつては洋の東西を問わず天井も絵画の支持体であったこと、その天井画は天井を抜けて天上を目指していたことを思い出させてくれる。タイトルの《原初的身体所作図》は、「掻く」という行為が「描く」「書く」の起源であることを示唆している。思考も行為もいよいよ熟してきた。

2017/07/16(日)(村田真)

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もにゅキャラ考

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会期:2017/07/17~2017/07/17

首都大学東京秋葉原サテライトキャンパス[東京都]

「もにゅキャラ」とは、モニュメントと化したアニメやマンガのキャラクターのこと。「鉄腕アトム」や「火の鳥」「メーテル」「ラムちゃん」「両津勘吉」など、さまざまなもにゅキャラが、ここ20年あまりのあいだ全国の公共空間に急速に設置されつつある。『美術手帖』元編集長で首都大学東京准教授の楠見清と、マンガ解説者の南信長は、全国のもにゅキャラを調査し、このほど『もにゅキャラ巡礼』(扶桑社、2017)を上梓した。楠見によって企画されたこのシンポジウムは、同大学の大学院生による研究報告をはじめ、「ケツバットガール」や「美少女図鑑」で知られるフォトプロデューサーでディレクターの西原伸也と筆者による基調講演、そして来場者をまじえたディスカッションを行なったものだ。
もにゅキャラの最大の特徴は、2次元のキャラクターを3次元のモニュメントに変換する点にある。そうした次元変換自体は、この国の芸術史あるいは芸能史を紐解けば一目瞭然であるように、さして珍しいわけではない。だが、もにゅキャラが謎めいているのは、その次元変換を、例えばコスプレのように主体的に身体化させるのではなく、ブロンズ像や石像、あるいはFRP像として客体的に造形化するからだ。謎というのは、もにゅキャラがあらゆる世代にとって親しみのあるキャラクターに基づいていることは事実だとしても、それらをわざわざ銅像に仕立て上げることの必然性がほとんど見受けられないことを意味している。コスプレであれば、衣裳とメイクによってキャラクターになりきるという点に個人的で主観的な欲望を投影しうるため、次元変換に合理的な理由を認めることは十分にできよう。しかし、もにゅキャラの場合、次元変換の背景にそのような享楽性を見出すことはできない。多くのモニュメントがそうであるように、歴史を超越する永遠性が体現されていることは理解できるにしても、なぜ、あえて平面上に描写されたキャラクターを立体造形化するのかは理解に苦しむ。そのキャラクターのファンですら、その疑問は禁じえないのではないか。現代美術の抽象彫刻であれば街の風景の一部として見過ごすことができるし、裸体彫刻であれば人体を再現したという揺るぎない理由がそのような謎を端から寄せつけないだろう。誰もが知るキャラクターであるがゆえに、それらを立体造形化していることの不思議さがよりいっそう募るのである。

西原が仕掛けたケツバットガールは、そのようなもにゅキャラの謎に対する、ひとつの創造的な回答であるように思われる。舞台は新潟市の古町通5番町商店街。この一角に設置された『ドカベン』の山田太郎像は、バッターボックスでバットを力強くスイングしているが、弓なりにしなったバットがあたかも臀部を打ち叩いているかのようなポーズで写真に収まる女子たちのことをケツバットガールと言う。むろん、ここにはかつての体育会系の伝統とされたケツバットという体罰をあえて自演してみせる自虐的な批評性がある。けれども、それ以上に重要なのは、ケツバットガールという西原によって開発された形式が、もにゅキャラという謎めいた銅像に新たな意味を付与しているという点である。ケツバットガールがなければ、山田太郎像は『ドカベン』のファンにとっての聖地にはなっていたかもしれないが、それ以上の意味を見出すことはできなかったに違いない。銅像という古めかしいメディウムは、山田太郎というキャラクターの名前以上の意味をことごとくはねつけるからだ。逆に言えば、モニュメントの永遠性が担保されるのは、銅像が銅像であるというトートロジー以外の意味を受けつけないからではなかったか。だからこそ、多くのモニュメントは認識されることはあっても、とりわけ愛着をもたれることはなく、どちらかと言えば風景の一部として放置されているのである。ケツバットガールは、そのような銅像の単一のイメージに全力で対抗することによって、それを複数のイメージに分裂させる。無味乾燥とした硬い銅像を柔らかく揉みほぐし、一時的に我有化することで新たな意味を生成していると言ってもいい。これほど愛されたもにゅキャラがあっただろうか。

とはいえ、地元住民に愛されるもにゅキャラがないわけではない。楠見と南によれば、神楽坂商店街のコボちゃん像は服を着せられているし(同書、pp.179-182)、鳥取の境港市の水木しげるロードに設置されたねずみ男像は、明らかに仏像ではないにもかかわらず、撫で仏のように撫でられているため鼻の下と膝頭がツルツルに磨き上げられているという(同書、p.117)。このように、もにゅキャラの作者はもちろん、マンガの原作者でさえ想定してなかった愛着の持たれ方は、あるいはもにゅキャラの謎を解き明かす、ひとつの鍵になりうるのかもしれない。もにゅキャラに限らず、この国のありとあらゆる造形の歴史を振り返ってみればわかるように、造形を制作する側というより、造形を受容する側に、民間信仰に似た精神性を無意識のうちに作動させてしまう論理と力学が確かに認められるからだ。私たちは愛着のあるイメージを造形化することによって、その愛情の投影をより直接的かつ確実にしながら、同時に、救いや祈りの対象にもしてきたのではなかったか。すべてとは言わないにせよ、もにゅキャラはそのような無意識の欲望の延長線上に現われた現象と言えるかもしれない。
しかし、仮にそうだとしても、もにゅキャラの謎は依然として深い。なぜならケツバットガールたちの方法は、いずれも写真というメディアに帰着しているからだ。もにゅキャラは2次元のキャラクターを3次元のモニュメントに置換したものだが、彼女たちは、いや、もにゅキャラに近接する者たちは誰であれ、もにゅキャラを再び写真という2次元に変換しているのである。だとすれば、もにゅキャラはいったいどこにいるのだろうか。

2017/07/17(月)(福住廉)

日本の家 1945年以降の建築と暮らし

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会期:2017/07/19~2017/10/29

東京国立近代美術館[東京都]

このところ、日本の住宅建築に関する展覧会が連続している。2014年7月から埼玉県立近代美術館ほかを巡回した「戦後日本住宅伝説」展は、1950-70年代まで、高度成長期に手がけられた住宅を見せるものだった。2017年4月にパナソニック汐留ミュージアムで開催された「日本、家の列島」では現代の建築家による住宅に焦点が当てられた。そして本展は戦後70年にわたる住宅建築だ。「日本、家の列島」と「日本の家」はいずれも海外巡回展の日本展。ただし、「日本、家の列島」はフランス人建築家の視点によって紹介するもの。「日本の家」は、2016年、日本イタリア国交150周年を記念して日本で企画し、ローマおよびロンドンで開催されたもの。いずれも「戦後の」「日本の住宅」を扱っているが、時代や視点の所在が異なっている。これらのなかで、本展「日本の家」が戦後70年というもっとも長いスパンを取り上げているのだが、展覧会は時系列ではなく、「系譜」を基準とした13のテーマに分かれている。まったく時間軸が無視されているわけではないのだが、1945-1970、1970-1995、1995-2015の3つに分けられたマトリクスが用いられている。はたしてこの分類、系譜はどこまで日本の住宅建築を上手く説明できているのか、現時点ではいまひとつ判断できないでいる。会期中にもう少し考えてみたい。海外に紹介することを目的とした企画のためか、なぜ日本の、住宅建築の展覧会なのかという主旨は分かりやすい。著名建築家が個人住宅を手がける例は海外には少ない。海外と比較して日本には戸建て住宅が多い。それは戦後推進された持ち家制度ゆえでもある。そうした住宅の大多数を手がけたのがハウスメーカー(本展では積水ハウスのプレファブ住宅が紹介されている)で、それらのメーカーが手がけ、私たちの街をかたちづくってきた規格化された住宅に対する批評として、建築家による住宅がある。その批評の類型がここでいうところの「系譜」である、と考えればよいか。[新川徳彦]


会場には、清家清「斎藤助教授の家」(1952)の原寸大模型も展示されている

左上ちらし:Design by Norio Nakamura

2017/07/18(火)(SYNK)

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