2018年01月15日号
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artscapeレビュー

2017年11月15日号のレビュー/プレビュー

Under 35 Architects exhibition 35歳以下の若手建築家による建築の展覧会 2017

会期:2017/10/20~2017/10/30

大阪駅・中央北口前 うめきたシップホール[大阪府]

今年のU35の展覧会の公募は、筆者が審査を担当した。悩んだ挙げ句、なるべく、違うタイプの作品を幅広くという方針で選んだ。その結果、社会的、リレーショナル・アーキテクチャー的、建築的、モノ的、アート的という布陣に加え、昨年からのシード組で2人が加わった展示となった。自分で選んだ5組については、ひとりを除いて、すべて実作を見学した。ゆえに、それで作品が面白かった齋藤隆太郎、三井嶺、千種成顕がゴールドメダル候補ではないかとあらかじめ考えていた(酒井亮憲は進行中の教会を出品していたら、有力な候補だった。前嶋章太郎は気持ちがよさそうな住宅だったが、着工前のプロジェクトなので外した)。シンポジウムでは、三井氏が本音を言ったことで、作品の意味がさらに明快になり、ゴールドメダルに決めた。看板建築に対するかなりユニークな補強のリノベーションであり、コンピュータによるデザインと歴史的な思考が複合しつつ、空間よりもあえてモノにこだわる姿勢が、実はとても未来的だった。彼は東大の藤井研(歴史)の出身だが、豊田啓介もそうらしい。

写真:上=齋藤隆太郎 中=三井嶺 下=千種成顕

2017/10/21(土)(五十嵐太郎)

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017 パク・ミンヒ『歌曲(ガゴク)失格:部屋 5↻』

会期:2017/10/20~2017/10/29

京都芸術センター[京都府]

KYOTO EXPERIMENT 2017の個人的ベスト。昇天しそうなほど美しい声の重層的な唱和で、全身感覚的に揺さぶりながらも、構成は極めて理知的で、「舞台芸術の上演形式」、「観客=消費者としての権利」、「伝統文化・異文化とエキゾティシズム」への批評を内在させた優れた作品だった。
パク・ミンヒは、韓国の無形文化財である伝統的唱和法「ガゴク(歌曲)」を習得した歌い手。本作で観客は、パフォーマーのいる小さな部屋を順に巡りながら、1対1の親密な関係に置かれて鑑賞する。最初に足を踏み入れる「0」の部屋は無人だが、壁の向こうから複数の「声」の奏でる旋律が、高く低く、さらに高みから舞い下りて重層的に絡み合って響き、全身を音に包まれる。山から谷底に吹き下ろしてはまた空へ舞い上がる風のような、その風に触れて波紋を震わせながら流れ去っていく水の流れのような、幽玄にたゆたう女声のあいだを縫って、太い男声によるパンソリ(物語性のある歌と打楽器の演奏による伝統的な民俗芸能)の語りが聴こえてくる。平行的に進みながらも調和した声の重なり合い。そして束の間の沈黙。「0」の部屋は、ある流れの中に身を委ねるために身体を馴らす準備の部屋だ。そして、続く「1」から「5」までの部屋では、観客は用意された椅子に座り、声の振動や息遣いさえ感じ取れるほどの極めて近い距離で、それぞれのパフォーマーと1対1で向かい合う。
それは、体験としての圧倒的で濃密な強度に加えて、近代的な劇場制度における「受容」の問題への再考を含み、「共同体」という幻想を解体する。観客を1対多数の匿名性に置くのではなく、「個」として尊重して扱うことで、観客もまた「個」として対峙する緊張感とともに、目の前のパフォーマーへの「敬意」が促される。「伝統文化」による「近代化された上演形式」への批評は、「ガゴク」がグローバルな市場でエキゾティックな記号(「商品」の差異化のための記号)として消費されることへの抵抗という意義を持つ。
さらに、本作の秀逸な戦略は、瞑想的なまでの音響の心地良さと反比例するかのように、「鑑賞形態」の居心地の悪さを観客に突きつける点にある。それは各部屋でのパフォーマーとの対面関係に現われている。「1」の部屋ではパフォーマーは観客のすぐ背後に座り、「2」と「5」の部屋では隣り合って座るも、身体の向きが逆方向にセッティングされているため、パフォーマーと視線が合うことはない。また、「4」の部屋のみ、女性パフォーマーが「2人」いるのだが、彼女たちは無言でこちらを見つめ返してくるだけだ。つまり観客は徹底して非対照の関係に置かれるとともに、自らの「観客性」を自覚させられることになる。金銭的な対価を支払った代わりに「個室」でサービスを受けること、「4分間」という時間の規定を過ぎると合図が鳴り、部屋を移動しなければならないというシステム化された管理。それは、風俗店のサービスを想起させ、金銭と引き換えに観客が手にする「権利」のきわどさがそこで露呈するのだ。
私たちはその「権利」を自覚させられつつ、歓待される「客人」として完全には迎え入れられず、うっかり紛れ込んだ決まり悪い「闖入者」のように遇され、あるいは隔てられた壁越しに聴くしかない(無人の部屋は最後にもう一度用意されている)。部屋を移り変わりながら通奏低音として響くのは、「あなたはガゴクを所有できない」というメタメッセージである(一時的な通過者としては許されるが、所有者ではない)。音響世界の圧倒的な魅力、空間の移動がもたらす知覚の繊細な変容とともに、本作は、単に心地良いだけの耽溺を許さない内省的な態度を求めてくる。「ガゴク」という他者の文化の「遠さ」に対してどう向き合うことができるのか、その接近をめぐる逡巡さえも体感させる秀作だった。


パク・ミンヒ『歌曲(ガゴク)失格:部屋5↻』(2017) 京都芸術センター 撮影:井上嘉和

公式サイト:https://kyoto-ex.jp

2017/10/22(日)(高嶋慈)

田原桂一「光合成」with 田中泯

会期:2017/09/09~2017/12/24

原美術館[東京都]

今年6月の田原桂一の訃報には驚かされた。1951年生まれだから、まだ充分に活躍が期待できる年齢だったし、つねに野心的に新たな領域を開拓していこうとする気概はまったく衰えを見せていなかったからだ。だが、近年は光と石、金属、ガラスなどを組み合わせた大規模なインスタレーション作品から、彼の本領というべきモノクロームの写真作品へと「原点回帰」する方向に舵を切りはじめていた。本展も、その「原点回帰」の産物といえる。田原桂一が舞踏家、田中泯をモデルとするフォト・セッションを開始したのは1978年。田原が28歳、田中が33歳の時だったという。以後、パリ、ローマ、ニューヨーク、アイスランド、ボルドー、東京など、場所を移動しながら3年間にわたって撮影が続けられる。今回の原美術館での個展には、それらの旧作に加えて、田中が移り住んで農業を営んでいる山梨県北杜市の農園で2016年に撮影された新作、5点が展示されていた。その「光合成」のシリーズを見て感じるのは、舞踏という行為が目指す「身体の物質化」と、銀塩写真の「イメージの物質化」の作用が結びつき、融合していく目覚ましい成果である。1978~80年の若々しい二人のコラボレーションは、むろん素晴らしい出来栄えだが、71歳の舞踏家の皮膚の弛みや白髪を容赦なく捉えきった2016年のセッションは、別な意味で感動的だった。かつての引力に抗うような動きではなく、大地や植物に静かに同化していく肉体のありようが見事に写り込んでいる。田原の「原点回帰」が、彼の死去によって中断してしまったのが、返す返す残念だ。二人のセッションも、もっと先まで見たかった。

2017/10/24(火)(飯沢耕太郎)

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2017 池田亮司×Eklekto『music for percussion』

会期:2017/10/24

ロームシアター京都 サウスホール[京都府]

KYOTO EXPERIMENTには4度目の登場となる池田亮司。過去3回の参加では、巨大スクリーンで電子音と映像が饗宴するオーディオビジュアル作品の上演や、過去約15年分のコンサートピースの一挙上演などが行なわれてきた。これまでの電子音楽やデジタル技術の駆使とは打って変わり、今回は、スイスのジュネーヴの打楽器アンサンブル「Eklekto」を起用。4人のパーカッション奏者による「完全アコースティック」なコンサートが発表された。
4部構成の本作は、それぞれ2人のパーカッショニストによる手拍子、トライアングル、アンティークシンバルをバイオリンの弓で演奏する楽曲が続いたのち、ラストでは4人の奏者がフォーメーションを変えながら計12台のシンバルを演奏する。いずれの楽曲も、ミニマルで規則的なリズムの反復と微細な変化が、完全な同期とわずかな差異とのあいだを往還し、ズレの増幅が複雑なパターンを出現させていく。あるいは、可聴域に届くか届かないかの超高音が、極めて繊細にコントロールされた手つきによって発せられる。アコースティックながらも、電子音楽を聴いているような聴覚体験。数学的に統制された、入力→出力の完全な制御。それは、「生身の奏者による楽器演奏をコンピュータのように精密にプログラムできるのか」という実験であり、ここで露呈しているのは、あるプログラムの正確な実行を入力された身体のふるまいであり、すなわち「振付」の問題へと接近する。音楽からエモーショナルな要素を削ぎ落とすことで、パーカッショニストたちは、池田によって厳密に振付られた身体のふるまいを「楽器の演奏」というかたちで遂行していた。


池田亮司×Eklekto『music for percussion』2017 ロームシアター京都 撮影:浅野豪

公式サイト:https://kyoto-ex.jp

2017/10/24(火)(高嶋慈)

開館35周年記念展 ディエゴ・リベラの時代 メキシコの夢とともに

会期:2017/10/21~2017/12/10

埼玉県立近代美術館[東京都]

20世紀前半のメキシコ壁画運動の代表的画家ディエゴ・リベラに焦点を当てた企画展。展示は「ヨーロッパ時代のディエゴ・リベラ」「壁画へ」「野外美術学校/美術教育/民衆美術」「ディエゴ・リベラをめぐる日本人画家」など8章に分かれ、約30点のリベラの作品を中心に、壁画運動をともに推進したシケイロスやオロスコ、妻で画家のフリーダ・カーロ、リベラと接点のあった藤田嗣治や北川民次らの作品で構成される。壁画で知られる画家なのに実物が見られないのが残念。こればかりは現地に行かなければどうしようもない。とりあえず習作や写真で現物を想像しとこう。
余談だが、日本人画家との接点が興味深い。藤田は20年代のパリで活躍した後30年代前半に中南米を旅し、メキシコに立ち寄って北川民次の家に泊まり、リベラと会って壁画運動に触れている。その後、日本に戻って百貨店やカフェの壁画を手がけるようになったのは、明らかにメキシコ壁画運動に感化されてのことだろう。その大画面への志向が戦争画制作につながっていくのだが、それはさておき、藤田の百貨店の壁画を手伝ったのが二科会の東郷青児であり、また、帰国後の北川を二科会に推薦したのは藤田であった。そして東郷の死去後、二科会の会長に北川が納まることになる。メキシコ壁画と二科会が微妙につながっていたのだ。

2017/10/25(水)(村田真)

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2017年11月15日号の
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