artscapeレビュー

2017年11月15日号のレビュー/プレビュー

バロック建築群

[チェコ、セドレツ]

ブルノから1時間半ほどの小さな街ゼレナー・ホラを訪れ、サンティーニによるバロック建築群をめぐる。4つのとんがり屋根を丸っこい回廊でつないだ墓地は、一応古典主義系だけど、かわいいという現代の形容詞がぴったりの変異したデザインである。すぐ近くの同じ建築家による《聖母マリア教会》を含む建築群も、かわいく聞こえる方言のような形態だった。そして、世界遺産にもなっている、お目当ての《聖ヤン・ネポムツキー巡礼教会》へ。丘の上の星形プランを5つの礼拝堂がつなぐ十角形の回廊が囲む。だが、非対称であり、それが複雑なデザインをもたらす。バロックは立体的なヴォリュームの操作が特徴だが、ボロミーニでさえ、このレベルに到達していない。起伏に富んだ地形が造形をさらにややこしくしており、サンティーニは驚くべきヴォリューム構成を実現した。《ネポムツキー》の内部に入ると、身がよじれるようなへんてこな反則技があちこちに散りばめられている。が、よく見ると施工は粗く、本当は石でやりたかった箇所も木製になっており、精度は低い。ザハ・ハディドの三次元造形が、広州の《オペラハウス》では残念な施工だったことを思い出す。とはいえ、サンティーニの示した複雑なデザインはもっと評価されるべきだろう。サンティーニや街の歴史を紹介する博物館が、予想以上に面白かった。新しいデジタル・テクノロジーを使いつつ、でも決して子ども騙しの内容とはせず、伝えるべき内容をセンスよく提示している。クラクフの地下博物館の展示デザインも優れていたが、日本の地方博物館が、想像の範囲内の似たり寄ったりのデザインに収まっているのとは違う。

写真:左中=墓地 左下=《聖母マリア教会》 上・右=《聖ヤン・ネポムツキー巡礼教会》

2017/09/17(日)(五十嵐太郎)

《トゥーゲンハット邸》

[チェコ、ブルノ]

最大の目的であるミースの《トゥーゲンハット邸》は、ツアー形式のみ見学可能なので、2回参加し、合計3時間ほど滞在した。最近修復されたおかげで、余計不純なものがない状態で見られるからなのかもしれないが、現物の空間(それも内部)を体験しないと全然わからない。とんでもない傑作である。しかも超超超豪邸だ。傾斜地に建ち、上の街路面のファサードはとても淡泊だが、室内に入ると、フルハイトのドアと什器が同レベルで存在し、緩衝帯としての小さな正方形の前室は四方向に接続し、それぞれの部屋へとアクセスする。家族や使用人(このエリアもしっかりとインテリアをデザイン)が暮らす上階は、計画的にもよく練られた構成だった。円弧を描く階段を下りると、リビングやダイニングが出迎え、《バルセロナ・パヴィリオン》的な空間が広がる。ただし、バルセロナほどリフレクションの効果は強くない一方、脇のサンルームに植物があり、生活の場であることが《トゥーゲンハット邸》の特徴だろう。石上純也によるヴェネツィア・ビエンナーレの温室に補助線が引ける空間だった。さらに下のフロアは洗濯場、多目的室、機械室などである。この住宅は、施主が数年しか暮らすことができず、ナチスの侵攻によってドイツ軍、その後はソ連軍、しばらくはダンス・スクールなどに使われ、相当改変された。それでも壊されなかったのは、住宅として大き過ぎる空間の冗長性ゆえに、さまざまに転用され、サバイバルできたからなのか。ル・コルビュジエは粗い白黒写真や図面でも空間のアイデアがある程度理解できるし、本人が五原則という風に刺激的な言説を添えているが、ミースにおける精度の高い素材のデザインが生む光や反射、空間の雰囲気は、現在の写真でも不十分にしか捉えられず、メディアの伝達が難しい。

2017/09/18(月)(五十嵐太郎)

ブルノの青果市場、モラヴィア博物館

[チェコ、ブルノ]

映画『アンダーグラウンド』を連想させる、ブルノの青果市場の地下迷路を見学した。降りたり登ったり、右や左に行ったりと、まさに迷宮をたどるかのように、広場の下を歩く。中世から発展したもので、生ものの保管倉庫などに使われたらしい。モラヴィア博物館は、街の歴史や鉱物などを展示していた。ここの展示スタイルはやや古いが、それでも什器のデザインは統一されている。

写真:上・中=地下迷路 下=モラヴィア博物館

2017/09/18(月)(五十嵐太郎)

ヴェレトゥルジュニー宮殿(プラハ国立美術館)

[チェコ、プラハ]

ヴェレトゥルジュニー宮殿は、旧王宮ではなく、見本市会場としてつくられ、その後、オフィスビルだったモダニズム建築をリノベーションし、現在は国立美術館になったものだ。外観も大きいが、内部に入ると、むちゃくちゃでかいのに驚く。しかも超巨大吹抜けが2つもあって現代美術向きである。上階から降りると、19世紀から近代、現代へと続く。象徴主義の影響が強かったせいもあるが、とにかく色使いが暗い(日本の絵画も暗いと思うが)。近代では、チェコ・キュビスムと連動する彫刻家オットー・グートフロイントの作品が最初にずらりと並ぶ。露骨にピカソの模倣みたいな作家もいるなか、彼には独自性がある。ちなみに、この国立美術館の常設コレクションは、アート限定ではなく、建築(模型、ドローイング、コンペ案などを展示)やデザイン(家具やプロダクトなど)の動向も一緒に紹介しているのが、うらやましい。企画展はアイ・ウェイウェイとMagdalena Jetelováを取り上げ、いずれも巨大吹抜けを見事に使い切る。前者の作品は、横浜トリエンナーレ2017において美術館の外壁でも使われており、これはやや迫力に欠けたが、ここでは内部に70m! の難民のゴムボートの作品を設置するほか、カフェやエントランスの大空間も活用し、ダイナミックだった。

写真:左上・左中=ヴェレトゥルジュニー宮殿 左下=オットー・グートフロイント 右上=アイ・ウェイウェイ 右中=Magdalena Jetelová 右下=建築の展示

2017/09/19(火)(五十嵐太郎)

英雄国立記念館

[チェコ、プラハ]

プラハに移動。おそらく17年ぶりの再訪である。まず聖キリルと聖メトディウス教会の地下にあるハイドリヒ暗殺の《英雄国立記念館》に足を運ぶ。ローラン・ビネの実験的な歴史小説「HHhH」でも描かれた、暗殺に失敗したパラシュート部隊がナチスに包囲され、最期を迎えた場である。そこに至る斜めの扉は、きちんとデザインされたものだった。なお、このバロック教会は、ディーツェン・ホーファーによるもので、前回のプラハ訪問時はこの建築家の作品を全部まわったが、そのときはここが悲劇の場所だとは知らなかった。

写真:左上=聖キリルと聖メトディウス教会 右上=斜めの扉 下=《英雄国立記念館》

2017/09/19(火)(五十嵐太郎)

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