artscapeレビュー
昭和日常博物館
2022年06月15日号
昨年、ジョルダン・サンドの著作『東京ヴァナキュラー』(新曜社、2021)を読んで、行きたくなった博物館がある。本書は、日本の都市空間における広場の困難さ、「谷根千」の自主メディア活動、路上観察学、博物館の展示などをとりあげ、モニュメントなき東京の歴史を論じるものだ。強く印象に残ったのが、トータルメディアの背景を探りながら、メタボリズムのメンバーが博物館の建築と展示に関わっていたことを明らかにしていた第4章である。ここでは1990年代から昭和の生活の展示として、ちゃぶ台が重要な役割を果たしていることを指摘し、「日常の情景や品々は戦争そのものをやわからなセピア色に染めて描くことで、当時の政治を覆い隠す役割を果たした」という。そして先駆的な事例として挙げられていたのが、1990年にオープンした名古屋の昭和日常博物館である。今でこそ博物館で昭和のアイテムも普通に展示されるようになったが、まさに昭和が終わったタイミングで、昭和の生活をテーマにすえた展示をいち早く開始したわけだ。正式な名称は「北名古屋市歴史民俗資料館」なのだが、やはり「昭和日常」を展示するという通称のインパクトは大きい。
ともあれ、この本で初めて存在を知り、いつか足を運ばねばと思っていた。現地に到着し、地下の駐車場に自動車を停めると、ここにも昭和のクラシックカーの実物が展示されていた。いったん外に出て、外観を眺めると、ファサードに大きい文字で「第1回・日本博物館協会賞を受賞」と記されている。大きい建築だが、1階と2階は図書館であり、3階が博物館だった。エレベータのドアが開くと、いきなり駄菓子屋の再現展示である。コロナ禍ゆえに軽い入場制限があったため、少し待ってから入ったが、学術的な解説や個別のキャプションはなく、市民から寄贈されたさまざまなモノが「放課後はボクらの天下だ。」や「3時のおやつは・・・。」などのキャッチフレーズによって緩やかに分類されていた。筆者も、子供のときに遊んだゲームを見つけることができた。また企画展示は、包装紙や広告など、「紙モノづくし つたえる・つづる・つつむ・はる・ふく・あそぶ」であり、立体的にディスプレイされていた。同館は、研究施設としての博物館というよりも、ああ懐かしい! というエンターテイメントとして楽しめるが(来場者の反応を見ると、主にそうだった)、モノを通じて回想し、高齢者ケアを行なうユニークな活動も展開しており、博物館の概念を拡張している。
紙モノづくし つたえる・つづる・つつむ・はる・ふく・あそぶ
会期:2022年3月5日(土)~5月29日(日)
会場:北名古屋市歴史民俗資料館 昭和日常博物館
(愛知県北名古屋市熊之庄御榊53)
2022/05/03(火)(五十嵐太郎)