artscapeレビュー

ホエイ『ふすまとぐち』

2022年06月15日号

会期:2022/05/27~2022/06/05

こまばアゴラ劇場[東京都]

嫁 v.s. 姑を中心とした地獄のようなバトル&ディスコミュニケーションに笑いながら、ふとした瞬間にそれが私自身の周囲の状況に重なって見えてゾッとする。「怒涛の津軽弁エンターテイメント」を掲げるホエイ『ふすまとぐち』はそんな作品だった。

舞台は津軽地方に居を構える小山内家。夫に先立たれたキヨ(山田百次)は長男のトモノリ(中田麦平)とその嫁・桜子(三上晴佳)と同居している。その家には離婚した長女・幸子(成田沙織)が小6の娘・小幸(井上みなみ)とともに出戻ってきたばかりだ。キヨとうまくいっていない桜子は、最近はもっぱら押入れに篭って過ごしているらしい。一方のキヨは「早起きの会」を名乗る千久子(赤刎千久子)と沢目(森谷ふみ)という怪しい二人組を家に呼び込んでいて──。



ホエイにとって3年ぶりの東京公演となった本作は、作・演出の山田が青森から上京してきて立ち上げた「劇団野の上」で2010年に初演され、その後2012年には5都市をツアーで回った作品の再演。プロデューサー/ドラマターグの河村竜也とともに企画から立ち上げるというホエイ(およびその前身としての青年団若手自主企画河村企画)名義の作品には、岸田國士戯曲賞の最終候補作にも選出された『郷愁の丘ロマントピア』に代表される北海道三部作をはじめ、かなりはっきりと社会的なテーマを打ち出したものが多い。ホエイ以前の作品であり、嫁姑バトルに焦点を当てた「エンターテイメント」である本作には一見したところそのような社会的なテーマ性は薄いようにも思えるが、しかしもちろん、小山内家の置かれている状況の背後にはさまざまなレベルでの格差が横たわっている。



小山内家で家事を引き受ける桜子に個人としての収入はおそらくない。夫のトモノリは働きに出ているものの、仕事は時給払いの非正規雇用しかなく、それさえしばしば休みになってしまう。経済的背景がキヨとの同居の一因となっていることは否めないだろう。シングルマザーとしてスナックで働く幸子の事情も似たり寄ったりだ。一方のキヨには、近所の怪しげな集まりで勧められた15万円もするトルマリン入りの布団をぽんと買えてしまう程度には貯えがある(それが財布にどの程度のダメージを与えるものなのかはともかく)。桜子の置かれている状況は都市部と地方の、世代間の、そして男女の格差が生み出したどんづまりなのだ。その意味では、小山内家の居間ほどに現代日本の諸問題が表われている場所はほかにないとさえ言うこともできるかもしれない。10年ぶりの再演だが、作品のアクチュアリティはますます高まっている。



キヨのキャラクターの強烈さも手伝って、小山内家の嫁姑バトルは苛烈をきわめたものとなっている。だが、そこにある対立は見かけ通りのものではない。例えば、冒頭の場面でキヨは桜子の朝食の味つけがしょっぱいと文句を言うが、その日の味つけは前日の「味がしない」というキヨのコメントを受けて桜子が調整した結果であり、そもそも魚を毎日出すこと自体、キヨのリクエストによるものだった。桜子からキヨへの嫌がらせのように思えた虫のバラバラ死体も、虫を嫌がるキヨのために桜子が殺したものでそこに悪意はない。一方、キヨが家に招き入れた「早起きの会」の二人は怪しげな新興宗教の信者のようにも見えるものの、会のメンバーは「辛い思い」をしてきた女性で構成されており、キヨが二人を呼んだのもどうにかして桜子を押入れから外を出そうとしてのことらしい。二人が対立しているのは確かだが、同時に、そこにいるひとりの人間として相手のことを気にかけていることもまたたしかなのだ。その意味では、キヨとの対話を半ば放棄しコミュニケーションの断絶が起きているトモノリや幸子との関係の方が深刻であるとさえ言える。キヨが脳卒中で倒れたときの両者の対応の差にもその違いは表われている。

このようなすれ違いやディスコミュニケーションは小山内家だけでなく日本中のあらゆるコミュニティで起きていて、しかししばしば見て見ぬふりをされ、あるいは気づかれずにきたものだ。小山内家の親戚の小学1年生・幸太郎(中田)が小幸にキスを迫る場面はそのグロテスクさを観客に突きつける。そこにあるのは相手の意思を無視して性的な行為を迫る暴力そのものだからだ。小学生の衣装を身につけた成人男性の姿は子供を表わすよりむしろ、日本社会に生きる男性の幼稚さを暴き立てるものだろう。




さて、本作はキヨにかけられた優しい言葉を思い出した桜子が小山内家に戻り、「ただいま」「おかえり」と作中で初めてまともにトモノリと言葉を交わす場面で終わる。家族というコミュニティの再生に向けた一筋の希望を感じさせるラストだが、これがDV被害者の陥りがちなパターンであることを考えると素直に感動してもいられない。これは家族というコミュニティに限った話ではないだろう。そういえば「早起きの会」のメンバーもまた、お互いの関係を「親族」と称していたのだった。「ワだぢ家族だべ」という言葉は呪いにもなり得る。そのことを知ったうえでなお、鈍感さに閉じこもることもなく、自分の所属するコミュニティと、そこにいる人々とどのような関係を結ぶことができるのか。『ふすまとぐち』はそんな問いを投げかけている。


ホエイ:https://whey-theater.tumblr.com/


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