2022年07月01日号
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artscapeレビュー

森村泰昌:ワタシの迷宮劇場

2022年06月15日号

会期:2022/03/12~2022/06/05

京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ[京都府]

まさに圧巻としか言いようのない展示だった。森村泰昌は1980年代から、美術作品の登場人物、ポップスター、女優、20世紀を彩る偉人、古今東西のアーティストなど、さまざまな人物に「変身」するパフォーマンスを、写真作品として発表し続けてきた。その写真を撮影するときには、衣装やメーキャップやポーズを決定後に、まずポラロイド写真で仕上がりを確認する。今回の「森村泰昌:ワタシの迷宮劇場」展に出品されたのは、これまで撮り溜められてきたそれらの写真である。

いわば、絵画作品の下絵にあたるポラロイド写真は、普通は事前のチェックが終われば用済みになってしまう。ところが、そうやって撮り続けられた823枚のポラロイド写真群は、森村の仕事の現場の記録という以上の凄みを持ち始めているように感じた。ポラロイドの撮影は一回では終わらないことも多い。何度も、ポーズや表情を変えつつ、シャッターを切り続ける。ある人物になりきる行為が、森村にとって宗教的な儀式にも似た切実かつ絶対的な希求であることが、それら大量の、めくるめくような写真の群れから伝わってきた。

それにしても、森村はなぜ、何のために膨大な労力と時間と費用を費やして「変身」の作業を続けているのか。併催されていた30分近い朗読劇、「声の劇場」を視聴して、おぼろげながらその答えを見出したような気がした。学生時代のメモを元に再構成したというその物語のなかで、森村の分身と思われる主人公は、「顔」によって自己の一部を「食われて」しまう。おそらくその物語は、彼自身の原体験の表出といえるだろう。無数の「顔」によって食い尽くされ、その果てに無に帰したいという倒錯した願望が、森村の何者かになりきるという無償の行為を支えているのではないだろうか。

2022/04/27(水)(飯沢耕太郎)

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